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HOME>100のお題その2

007:扉

「扉の開け方を知ってるか?」

「何言ってんだ。普通に手で開けりゃいいだろう」

「手が塞がっていたら足で蹴破る場合もあるだろう?」 

ブチ破れ。
常識を。

【007:扉】「ここは何処だ…?」

目が覚めると彼は何の変哲もない部屋にいた。
しかし、奇妙である。
この部屋に見覚えはない。
記憶を辿ってみると彼は昨夜、友人と飲みに行き、いつものように上司や後輩の愚痴をこぼし合い、そのまま自分の家へと帰った筈だった。
酔った勢いで他人の部屋に入ってしまったのだろうか?
そう思った彼は、ひとまず扉を開けて部屋を出ようとした。

開かない。

どうやら外から鍵を掛けられているらしく、びくともしない。
一体、何が起きたのだと困惑しながら、彼は部屋を見渡した。
ベッド以外は何も無い。
何処かで見た脱出ゲームのような光景。
途方にくれているとポケットの携帯電話が着信する。
通話ボタンを押して、そっと耳に当てる。

『理不尽な言葉に世界へようこそ!』

「あんた何なんだ?何故俺をこんな所に閉じ込めた?」

『それを説明するために今こうしてあなたにコンタクトを取っているのです』

「ふざけるな!俺を部屋から出せ!」

『部屋から出たいなら私の説明をちゃんと聞き、理解する事ですよ』

「おい!!あんた誰なんだ!?」

『私の正体が分かった所で、この部屋から出れる訳ではない。もっと効率的に部屋から出たいなら、先程も言ったように私の説明をきっちり聞き、理解する事です』

「…本当だな?」

『ええ、それでは説明致します。この世界には体力も魔法も必要ありません。ただ少しの知識と知能…言い換えると言葉だけが部屋から脱出する唯一の手段です』

「言葉…だと…?」

『そうです。あなたの居る世界は実に色々な人が出てきます。その人々は理不尽な言葉であなたを攻め立ててくるでしょう』

「…………」

『理解できませんか?』

「言葉の暴力みたいなものか?」

『ええ!そうです。なかなか理解が早くて助かりますね』

「理解はできるが…俺に言葉の暴力をぶつけてくる理由が分からない」

『あなたを部屋から脱出させない為…が一番の理由でしょうか』

「そんな事をして何になる?」

『それは私にも理解が及びません。とにかく、あなたは言葉の暴力を上手くかわして言葉で戦って下さい。そうすれば部屋の扉は開かれるでしょう』

「…何でこんな事になったのか、何故は分からないが、やらないと部屋から出られないんだろう?」

『そうですね』

「説明ありがとう」

『…最後に1つ、いいですか?

「何だい?」

『答えは1つじゃありません。それでは、頑張って下さいね』


言葉による不愉快な出来事はいつでもどこでも頻繁に起こっている。
例えば、あるお店の店員がお客さんの他愛ない問いかけに対して偉そうな答え方をしたり。
ある病院で診察時間を少し早くしてもらえないかと頼んだだけなのに看護師が嫌そうな答え方をしたり。
あるいはとある親戚の集まりで叔母さんからさんざん嫌味を言われたり…

言葉の暴力。

それらは事実に反するつまらない批判だったり、単なる悪口だったり、人の感情を挑発して楽しんでいるだけだったりの戯言だったり。

もちろん、言われたほうも、すぐその場で言い返すこともあるだろう。
言い返す人もいるだろう。

だけど、もし。

言葉の暴力を受けながら、何も言い返せない人がいたとしたら。
名誉を傷つけられてもただ呆然としたままでその場で蹲って無念の思いをいつも抱いてる人がいたとしたら。

これは、そんな世界の物語。



「言葉の暴力、ねぇ…」

接客業である彼は、その意味は知っていた。
常日頃からお客さんに罵声を浴びせられ、果ては上司や後輩にまで嫌味を言われている彼…渡瀬アズハ。

「そんなの、どうしろって言うんだよ……」

途方にくれていると、いつどこから入ってきたのか、目の前には苦手な後輩の姿が。

「げっ…」

渡瀬アズハはその後輩が苦手だった。
昔、アズハはお客様宛てに間違った請求書を作成してしまい、上司がそれに気付き、訂正した請求書をアズハに手渡してくれとことづけた出来事があった。
訂正された請求書をアズハのデスクの上に置いてこう言ったのだ。

「あらら、すげぇドジ踏んだんですね。次から頭のスイッチちゃんと仕事に切り替えておいた方がいいんじゃないですかね?」

目の前の後輩はあの時と一字一句違わず同じ言葉をアズハに浴びせたのだ。
癪に障る言い方。
こんな時、一体どうすればいい?
あの時は何も言い返せず、小さくなってただ黙っているだけだった。
どうすれば…

くじけて小さくなっていれば相手はここぞとばかりにあなたの感情に土足で踏み込んでくるだろう。
弱々しい子羊みたいにしていれば寄ってくる狼のように。
攻撃する側はいつも自信のなさそうな人を狙うのだ。
なるべく楽に、獲物を得たいと思っているから。

いつもしょぼくれて小さくなっていないか?
立っている時でも座っている時でも猫背になっていないか?
肩をすくめる癖はないか?
人と目が合うと、怯えたように視線を逸らしていないか?
相手に媚びるように、いつも微笑していないか?

限度をもうけて、ここから先は許せないと相手に釘を刺すことが苦手になっていないか?
争いを避けようとしていないか?
すぐ他人に同意して、自分の意見を押し潰していないか?
親切で感じのいい人だと思われようとしていないか?
自分の意志を押し通したり拒絶してしまった後で、すぐに良心の呵責を覚えていないか?
傍若無人な人達ときっぱりと縁を切るのが苦手になっていないか?
自分自身を低く見て卑下していないか?


相手が嫌な言葉をかけてくる目的はたいていただ一つ。
あなたを挑発しようとしているだけなのだ。
あなたをカリカリさせ、そのことで頭を一杯にしてやろうと企んでいるだけなのだ。
あなたをからかってやろうと決めた人々は、あなたの弱みを見つけ出して、そこをチクチクと刺してくる。

さあ、顔を上げて。

相手の挑発に乗る必要はない。

「今、相手の挑発に応じる必要があるのかどうか」をよく考えて。
「相手の戯言につっかかっていって、それがあなたにとって何の得になる?」

相手を空回りさせてしまえばいい。
そうだろう?

さあ、顔を上げて。


「何だか今日は、雨が降りそうだね。傘持ってきた?天気予報じゃ晴れるっていってたんだけどおかしいよな!!」

アズハは後輩に言い放ったとたん、鏡が割れるように後輩の姿も崩れて消えて行った。
扉を開けると、その先にはまた扉が。

「これで終わりじゃないのかよ…」

目の前には苦手な客が。


相手が何かの話題を投げかけてきた時、むろんあなたはそれを受けて相手に投げ返す事もできる。
けれども、他人が突き出した話のタネに一生懸命食らいつく必要は全くないのだ。
もしそれでも相手がしつこく嫌味を繰り返してきたならば、同じようにはぐらかし続ければいい。
話題の変え方に気を使うような必要は全くない。
例えば。



「何て格好してるの?そんな格好で街歩いて恥ずかしくないの?」

「それそれ、街って言えばまたガソリン代が上がるみたいだね!!」

アズハは、次々と言葉の暴力をかわしていく。


相手は、話題が逸らされたことに気が付く筈だ。
そして自分の攻撃が何の効き目もなかったのを知り、もう一度攻撃を繰り返し、あなたの関心をそちらに向けようとしてくる。
例えば。


「話を逸らさずに、聞いたことに答えろよ!」

などと言って。
確かに、相手の言うとおり、あなたは話題を変えた。
でも、それを弁解する必要もない。
話題を変えるのはあなたの自由だ。
なんなら、こう言い返してあげたらいい。


「ああ、話を逸らしたけど。それが何か不都合なのかい?」

アズハは相手の嫌味を次々に避けて、部屋の扉を開いて進んで行く。

『見事ですね』

「当たり前だよ。俺は早くこの部屋から脱出して元の生活に戻りたいんだよ」

『元の生活って何でしょう?』

「え?」

『大変心苦しいのですが、あなたはもう死んでしまった人間なのです。生前のあなたはいつも自信無さ気に俯いていた。だけど、死んでこの世界に来た事で、もう一度』

「面白い冗談だね」

アズハは笑った。

もし相手があなたに対して無礼な態度を取ったなら、タイミングよくカウンターパンチの一言を浴びせてやりたいと思うだろう。
一言で十分なのだ。
タイミングよく答えを返すのに、それ以上の言葉は要らない。
例えば。

「あんたの新しい服なにそれ?まるで雑巾じゃないの」
「へーえ、それがなんだっていうんだ」

「いい物笑いの種だね」
「あらそう。それが何か?」

といったように。


扉の先にはまた扉。
永遠の道程に思える。

「また扉かよ…」


攻撃が成功するには、まず相手に届かなければならない。
攻撃する側は無意識的にせよ相手にどのようなダメージを与えるか前もってイメージを描いている筈だ。
獲物がおじけづいて逃げてしまうとか、反対にかんかんに怒っていきり立つといったように。
しかし何より肝心なのは、攻撃が相手に届く事。
攻撃側は自分の無礼な言葉が本当に獲物に届いたかどうかを確かめたがるのだ。

日常の場においては、その期待はたいてい達せられる。
反応がたいていは予想通りのものだから。
腹を立てる、不愉快になる、言葉を失う、引き下がる…これで攻撃は成功と確認する。
敵を楽しませるのはやめにしてしまおう。
攻撃しても無駄だということを敵にわからせてやればいい。
それにはごく初歩的なコミュニケーションの原理を応用すればいい。
コミニュケーションが成り立つのは、話す言葉にちゃんとした意味があるから。
だから私たちの脳は、懸命に相手の言葉の意味を探る。
誰かが何かを言うと、私たちの脳は常に自動的に作用して言葉の意味を分かろうとする。
そしてようやく相手が何を言ったかを理解するのだ。
これらの作用を逆手に乗って、何の意味もない事を言ってみるのだ。
例えば。


「一体なんて間抜けなのかしら。もう少しまともな頭だと思っていたのに」

「それだったらおあつらえ向きな言い方があるよ。早起きは三文の得って言うだろう?」

何の意味もない。
とくにそれが午後だったりしたら尚更。
敵は謎を掛けられた気がするだろう。
当然の事ながら、向こうはその意味を探ってくる。
けれども何のことか分からない。
もし、敵があなたの意図を知りたがって、ことわざの意味を聞いてきたとしたら。
その時は「よく考えてみてください」とか、「本当の意味が分かるまで随分と苦労したもんだ。頑張って」と発破をかけてやればいい。
或いは更に、また別の頓珍漢なことわざで「要するに私が言いたいのは君子危うきに近寄らずなんだ」などと答えてみたり。

「まだ…まだ部屋から出られないのか…?」

アズハの目の前には言葉の暴力を次々に浴びせてくる、人々が。

「君は全くとんでもないヘマをやらかしてくれたね」

「へまをやらかすって、それ、どういう意味です?」

「化物みたいな顔してどうしたんだい?」

「それであなたの気が済むならあなたの言うとおりですね」

扉の先には、また別の扉が。
長い道程。
気が遠くなりそうだ。
目の前にいたのは。
友人。
親しい、友人からの言葉。
どうすれば、いい?

「そんな風にいちいち神経質に反応しているようじゃ、成功はおぼつかないぜ」

「貴重なアドバイスに感謝申し上げるぜ」

「何感謝なんかしてるんだ。バカバカしい」

「俺の意見がお気に召さなかったようだな」

「ふざけるな」

「大変お怒りのようですね」

崩れて消えて行く。
扉。
また扉。
開け放って、その先にはまた。

「…あれ?」

目の前には、瓜二つの自分の、姿が。

相手からの侮辱を賢いやり方でかわすには、高度な自己防御のテクニックが必要である。
それはなぜかというと、ひとつは人を侮辱することは言葉によるもっとも激しい攻撃だから。
いわば、大量殺戮兵器。
人の名誉を傷つける。
もうひとつは、大抵の人は売り言葉に買い言葉で、攻撃側の下品なレベルに引きずり込まれ、醜い言葉の泥沼の中で転げまわるのがおちだから。

侮辱されたらどうするか?
越えてはいけない一線を越えてしまったことを相手にはっきりと教えてやるのだ。
態度を極端に変えて。
声の調子も話すテンポも変えるのだ。
ゆっくりと、強く訴えるように。
時に相手と対決することも必要だ。
相手の言うことを遮ってでも、相手の無礼な態度をはっきりと知らせてやるのだ。
その際、相手が本当に侮辱したのか、もしかするとこちらの考えすぎではないのかといった議論には一切応じる必要はありません。
話し合いの段階ではないのだ。
できるなら、然るべき要求を加えるべきだ。
「謝ってもらいたいですね」と。
相手が本当に謝るかどうかは問題ではない。
もちろん、謝ってくれることに越したことはないが。


「こんなことやってくれて、しまらねぇよなあ。一体、何考えてたんだ、ええ?そもそもお前に考えなんてあるのか?お前のスズメの脳味噌に、まともにモノを考える場所なんて全然ないんだよなぁ」

自分自身が威圧感を与えてくる。
敵は自分自身。
だけど。

「おっしゃるとおり。ではその『スズメの脳味噌』とはなんなのか教えてもらいたいですね」

「これ以上馬鹿を言わないでくれよ。今の馬鹿さ加減で十分だよ」

「その言い方は人を侮辱していますよ」

「おや、お前に傷つく理由なんかあるのか?最初にクソだらけにしたのはお前の方なんだぞ。それで汚くなったから嫌だなんて、そんな事言えるのか?」

「あなたは俺を侮辱しています。謝ってください」

「その口の聞き方は何だ。よく言ってくれたじゃないか。お前の尻拭いをさせられたのは、この俺なんだぞ!!」

「俺はミスをしたのは認めるが、あなたから侮辱される覚えはありません。謝ってください」

「気でも狂ったのか?お前がミスしたんだぞ。それで俺が謝れというのか?」

「あなたは俺を侮辱したんです。それに対しては謝っていただきます」

「おまえなんかの指図は受けん!間違いを犯したことに大して腹を立てて何が悪いんだ」

「正当な批判だったら承ります。けれども、あなたには俺を侮辱する権利はありません」

瞬間、アズハの分身は崩れ落ちた。
まばゆい光と共に、また、扉が。

『おめでとうございます。あなたは全ての言葉の暴力を倒しました!』

どこからか声が聞こえる。

「ああ、そりゃどうも。結局あんたの正体はわからなかったな」

『あなたの分身ですよ』

「俺の分身?さっき倒したはずだが」

『あれはいわゆる悪魔のあなた。私はいわば天使のあなたなのですよ』

「今となってはどうでもいいよ、そんな事は。俺はもう死んでしまった人間なんだろう?だったらこの扉の先は決まっている」

『……』

「短い間だったけど、ありがとうな。来世ではもう少しまともな人生を送ることにするよ」

アズハは扉をゆっくりと開ける。
白い、光が。



「ここは何処だ…?」

目が覚めると彼は何の変哲もない病院にいた。

「おお、目が覚めたか!!」

目の前には友人の姿が。

「俺、一体どうなったんだ?」

「覚えてないのか?昨夜、アズハと俺はいつものように愚痴をこぼしながら飲み屋に行っただろ?そこで酔っ払ったお前は車に轢かれたんだよ。3日間意識不明でさ、もう二度と目が覚めないと思ったよ!!」

交通事故から1ヶ月。
アズハは変わった。
言葉の暴力の被害にあっても、いつも自信無さ気に俯き、黙ったままだった。
だけど、今では上手くかわしていつも自信満々の態度を見せた。
やがて、言葉の暴力の数は減り…いや、言葉の暴力はなくなった。


言葉の暴力。

それらは事実に反するつまらない批判だったり、単なる悪口だったり、人の感情を挑発して楽しんでいるだけだったりの戯言だったり。

もちろん、言われたほうも、すぐその場で言い返すこともあるだろう。
言い返す人もいるだろう。

だけど、もし。

言葉の暴力を受けながら、何も言い返せない人がいたとしたら。
名誉を傷つけられてもただ呆然としたままでその場で蹲って無念の思いをいつも抱いてる人がいたとしたら。

これは、そんな人の為の、ささやかな、物語。


END.


あとがき。

「世の中にはしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴で埋っている。元来何しに世の中へ面をさらしているんだか解しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ」

夏目漱石の『草枕』の一節である。

接客業で様々な人から理不尽な言葉で罵声を受ける事なんて日常茶飯事である。
その一言のおかげで、一日暗い気持ちで過ごしたり、ストレスを抱え込んで体調を崩した人もいるであろう。
筆者自身、うつに近い精神状態に陥ることも多々あった。
だけど、よく考えてみて欲しい。

そもそも私たちは俗物。
嫌いな人、苦手な人がいるのはごく自然なこと。
そんな人とは口もきかず、顔を見ずに過ごしたほうがどれだけ生産的か。
でも、社会生活を営む限り、次から次へとあなたを困らせる人々が登場する。
「いいところもあるから、仲良くするべき」って思ってませんか?
「自分にも悪いところがあるから、我慢するべきだ」って思ってませんか?
それができないから、あなたは苦しんでいる。
じわじわと、あなたの精神を蝕んでいく。
嫌いでいいのです。
言葉の暴力の標的にされないよう、上手く避ければいいのです。

どうか、これらの物語が少しでもあなたの助けになるように。

これは、言葉の合気道の物語。

参考文献
草思社「アタマにくる一言へのとっさの対応術」/バルバラ・ベルクハン 瀬野文教訳
主婦の友社「職場の嫌いな人の取り扱い方法」/小林恵智
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