FC2ブログ

HOME>100のお題その2

020:永遠

※この物語はフィクションです。

【020:永遠】

「昔話をしよう」

彼はそう言うと、熱々の紅茶をテーブルに置いて座った。
寝不足気味の顔で熱々の紅茶を飲み、せわしなく溜息をつく時の彼は結構精神的に参ってる時である。

「またなんかあったのか?」

「ああ、まあな…」

彼は机に頬杖をついてまた溜息を放つ。
言いたくないらしい。

「昔話って言っても、お前…」

彼は交通事故で一部の記憶がない。
いや、厳密に言うと記憶というものは無くなる、ということはない。
ただ、忘れているだけなのだ。
記憶と言う名の書類を引き出せないまま。
彼は決して弱音は吐かないが、その裏で実に色々辛い思いを重ねてきた、筈だ。

「うん、まあ記憶を忘れた話をしようっていうだけなんだ。ほら、忘れたことも忘れそうなのが怖くてさ」

「思い出せる範囲だけな。無茶はすんな」

「…ありがとね」

彼はあまり表情の起伏はないが、泣き笑いのような、ちょっと困った顔をした。

「すっぽり抜けてる記憶は18歳から20歳の終わり頃。学生時代の記憶はちょこちょこしか覚えてない。脳天と腹部を思い切りぶつけたからね」

「あっさり言うけどな、お前…」

「実はね、怖いっていう感覚もちょっと忘れてるんだ。忘れるっていうことが怖いんだ。忘れたことを忘れるっていうことが一番怖い。何より怖い」

「抽象的すぎる」

「だろうね。こうしてる今でもたまにトラウマの上のかさぶたが剥がれそうになって時々酷く苦しくなる。だからと言って生活に支障を来すほどじゃないし、病院に行く必要もないけど、ね」

また、溜息を1つ。

「でさ、そのすっぽり抜けた記憶の中…18歳~20歳の頃にね、父方の祖母が死んだ、らしいんだ」

「らしい…?」

「酷いだろ?全く覚えてないんだ。全く」

彼はクシャッと自分の髪を掻きむしる。
記憶の引き出しを開けようとしているが、上手く開かないらしい。
少し、眉間が歪む。

「父方の祖母が死んだ、っていうのは後から聞いた話さ。祖母の命日も何も覚えてない。夏に死んだのか、冬に死んだのか、それさえも、全部」

言葉が段々と途切れ途切れになってゆく。

「祖母の初七日にしか出てないんだよ。その上、何にも」

「もういい、ちょっと落ち着け」

「だってさ、それこそガキの頃からしょっちゅう飯食ったり、温泉に行ったり、会話したり、して…っ」

クシャッ、と彼の表情が歪む。

「祖母の家の場所とか、下らない事は覚えてるのに、だぜ…肝心の命日とか忘れてるし、葬式には仕事で行かねぇし、後から聞いた話だと俺」

「バカッ!!」

慌てて彼の口を塞ぎにかかったが、ポロッと、一言漏れる。

「泣かなかったんだ」

紅茶の入ったカップが机からこぼれ落ちてカチャンと高音を出して飛び散り、割れた。

「でな、初七日の日、泣かなかった俺に親戚の叔母さんが俺に何かトラウマ的な一言を言ったはずなんだけど、実はそれすらも思い出せなくてな」

「そういうことをサラっと言うな。こっちが泣きたくなる」

「もうこれ永遠の謎だなーって、言う昔話をしたかった。ごめんな、つきあわせちゃって」

微笑み、割れたカップを拾い集める。
その姿を見てると文字に書き起こせない何らかの感情が沸き上がってくる。

「あー…またカップ割っちゃったよ…まあ安物だしな…」

「おい」

「うん」

「お前はどうしたいんだ。どうなりたいんだ」

「特になにも。ただ、俺みたいになっちゃいけないよ、って言いたかったのかもしれない。実のところよく分からない」

「一ついいことを教えてやろう」

「うん」

「忘れるならメモを取ることだ」

「知ってる。ありがと。でも俺はメモを取ることさえ忘れちゃうんだ」

「その為に、ここに居るだろうが。語り部が」

「カタリベ?」

「物事を記録するんだよ。ホームズにおけるワトソン役だ」

「語り部か…俺もなりたかったな、語り部って奴に。俺には永遠に無理だ」

「無理とか駄目とか否定的になるな」

「お前は時に俺の痛い所を突いてくるし俺の心にズカズカ土足で入り込んでくるよな…まあ、嫌いじゃない」

そう言って彼は呆れた。


END.
スポンサーサイト



この記事のトラックバックURL

http://paradox07.blog68.fc2.com/tb.php/212-064e5780

コメント

コメントする

管理者にだけ表示を許可する

  Template Designed by めもらんだむ RSS

special thanks: Sky Ruins, web*citronDW99 : aqua_3cpl Customized Version】