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力持ちのお相撲さん



【001:力持ちのお相撲さん】

神戸市北区(旧兵庫区)・西区(旧垂水区)


東小部村(現:鈴蘭台の北)に生まれた、大木戸弾右衛門義高(おおきどだんえもんよしたか)という力士が居りました。
背の高さは6尺4寸(194cm)、重さは42貫(157kg)という体格ですからたいそう有名な人でした。
弾右衛門は、今から320年ほど昔の貞享という年号の頃の人で、後に大坂(大阪)町奉行のおかかえ力士になって名を上げたのです。
弾右衛門は幼い頃から相撲が好きでした。
やがて大きくなって、なんとか偉い相撲取りになりたいと思い西区伊川谷の大山寺の薬師堂にこもって大力を授かりたいと21日間の断食をして薬師如来様にお祈りしました。
弾右衛門は百人力が欲しいと思ったのです。
すると、満願の夜の丑三つ時(午前2時頃)、赤ん坊を抱いた白髪の老人が現れ

「この子をしばらく抱いていておくれ」

と団右衛門に預けました。
弾右衛門は

「それならお安いご用だ」

とばかりに赤ん坊を受け取ると、老人はかき消すようにいなくなってしまい、何時まで経っても帰って来ません。
不思議に思っている内にやがて夜が明けました。
ふと見ると、抱いているのは赤ん坊ではなくとても大きな岩だったことに気付き、弾右衛門は自分の願いが叶ったと大変喜びました。
しかし、授かった力はあまりにも怪力だったために、歩くと足が地面にめり込んで自由に歩けません。
また、その足跡がくぼみになり、雨が降ると大きな水溜まりになってしまうので、村人達は苦情を言うようになってしまいました。
弾右衛門はそこで自分があまりにも大きな望みをしてしまったことに気が付きました。
人間はなにも百人力もの力は必要ないんだ。
その時に応じて相手の倍の力だけ出せれば十分だと考え、「向こうの倍の力」にして欲しいと願をかけ直し、その通りに叶ったと言い伝えられています。
ある時、弾右衛門は自分がどのくらい力があるのか試してみようと思いました。
お寺の仁王門の柱を抱えてぐっと持ち上げると、柱は苦もなく礎石を離れました。
弾右衛門は手近にあったコッパ(木の削りかけ)を拾って持ち上げた柱と礎石の間に挟んで柱を持ち上げた印としたのです。
また、弾右衛門は直径30cmほどの丸い石をたもとに入れて歩いていたと言われています。
この石は「たもと石」と言って今でも残っているそうです。

ちなみに。
弾右衛門の弟子に、熊内村(現:中央区)で生まれた、甲山権太(かぶとやまごんた)という力士が居った。
とても力が強く、こんな逸話が残っておるそうな。
ある夏の夕方、師匠の弾右衛門が野天で鉄砲風呂に入っていますと、にわか雨が降ってきた。
権太は師匠が入っているままの風呂桶を抱えて軒下へ運んだという。

世の中には力持ちな人がいるもんだなぁ…っていうお話。
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