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遠野物語 現代語訳




【遠野物語 現代語訳 あくまでも個人趣味なので所々おかしいのはご愛嬌】

徐々に更新予定。


この書物を外国の人々へと捧げる。
(注釈:西洋かぶれの日本人批判の意味も含めている)

このお話は全て遠野出身の佐々木鏡石君から聞いた。
昨年(明治42年)の2月頃から夜に訪ねてこの話を聞かせてもらったものなのだが、ここにこの話を書き記そうと思う。
鏡石君は話が上手くはないが、とても誠実な人である。
私も内容に手を加えず、一字一句聞いたままを書き残していきたい。
恐らく、遠野にはこのような物語が他にも数百と眠っているのだろう。
私達はもっと沢山の話を聞きたいと願っている。
日本国内各地の遠野以上に山深い場所には、それこそ無数の山の山の住人・山の神々の伝説が眠っているはずだ。
願わくばそれらの伝説を語って平地に住む人々…我々を驚愕させて欲しい。
この本は日本の伝説(民話)のほんの一欠片に過ぎないのだから。

【一】
遠野の里は現在の岩手県・上閉伊郡の西半分。
山々に囲まれた平地である。
明治以降の区分に従って表記すれば、遠野町と土淵(つちぶち)・附馬牛(つくもうし)・松崎・青笹(あおざさ)・上郷(かみごう)・小友(おとも)・綾織(あやおり)・鱒沢(ますざわ)・宮守(みやもり)・達曽部(たつそべ)の一町と十の村に分かれている。
近代では西上閉伊とも称され、中世には遠野保と呼ばれていた。
現在役所がある遠野町というのは古くからの中心地で、江戸時代までは一万石の南部家の城下町だった。
城は横田城とも言う。
ここへ行くには花巻まで汽車(※現代で言う電車)を使い、北上川を(舟で)渡り、そのまま支流の猿ヶ石川を伝ってから東の方へ入ること十三里(※おおよそ52km)で遠野の町である。
山奥にしては珍しいほどの繁華街になっている。
言い伝えによれば、遠野の里はかつて一面が湖だった。
その湖の水が猿ヶ石川になって麓まで流れ出し、やがて人が住めるようになったという。
この辺りの川はやがて猿ヶ石川に合流するので俗に七内八崎(ななないやさき)と呼ばれるのだ。
「内」とは沢や谷のことで、(岩手県)奥州には多い地名である。

【二】
遠野町は南北の川が合流する場所にある。
以前は遠野中の色々な貨物や商品が集まり、市場が開かれる日には馬千匹、人が千人も集まるような大変な賑わいだったという。
四方を囲む山々で最も美しいのは早池峰山(はやちねやま)。
附馬牛(つくもうし)の北にある。
東には六角牛山(ろっこうし)がそびえる。
大昔に、ある女神が三人の娘を連れてこの地にやって来た。
今の来内(らいない)村にある伊豆権現の社に泊まった際、母神は娘達にこう言った。
「お前達の中で、今夜一番よい夢を見た子に一番いい山を与えましょう」
そして母神と三人の姫神が寝ていると、夜もふけたころ、天から精霊が降りてきて姉姫の胸の上に止まったそうな。
どうやらこの精霊がよい夢を運んでくるようだ。
密かに目覚めてこの様子を見ていた末の姫神は、姉姫が眠っている間にこの精霊をこっそりと横取り。
自分の胸の上に精霊をのせた末の姫は、一番美しい早池峰の山を手に入れることに成功したという。
何も知らない二人の姉姫は、それぞれ六角牛山と石神山を治めることになった。
若い三人の女神はそれぞれの山に住まい、今でもこの山を治めているという。
遠野の女性達はこのことを知っていて、女神たちを恐れて今でもこの山には入らないようにしているそうだ。
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