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兵庫小話 カタリベになった理由




【兵庫小話 カタリベになった理由】


私がその奇妙な老人に出会ったのは中学3年の夏の終わりの頃だったと思う。
当時の私は私立高校の下見の帰りで、1人でこんな遠い所へと通えるのかと無意味にビクビクと怯えていた。
野暮ったい青緑色の中学生服に身を包み、私は海運町のバス停の古ぼけたベンチで一休みしながらバスを待っていた時だった。

「見かけない顔だね、どこから来た」

最初は多分そんな感じのことを老人は言ったと思う。
と、いうのももう10年以上前の記憶なので鮮明なことを覚えていない。
記憶を掘り起こしながら書いているのでこうだと断言できるほど私の記憶力は良くない。
その証拠に、私はその老人の特徴というものを描写できない。
何一つ覚えていないのだ。

「S台です」

その頃の私は今よりさらに人見知りで、人と話すのさえ緊張して上手く喋れないというのに、不思議な事にその時の私はスラスラと自分の出身を言えたと思う。

「S台?知らんな。何区だ」

「北区です。山の、向こう…有馬の方向」

「そうか、道理で見かけない制服だと思った」

私が答えると、老人は少しだけ驚いた顔をした。
山の向こう…有馬の方向は昭和生まれの老人にとっては未開の土地という認識だったのである。
言わせてもらうと有馬方向の人間にとって山の向こうの兵庫区・中央区付近こそ未知の領域という認識だったのだがその辺は黙っておいた。

「君は何をしているね?」

「バスを待っているんです」

「いや、そうじゃなくて何しにこんな所まで?」

「ああ、来年高校生になるので学校の下見に」

「そうかい」

内心、めんどくさい相手だなぁと思った。
相手の意図が読めないのだ。
変な事件に巻き込まれるのはごめんだった。
だけど、バスが来るまでまだゆうに20分以上の時間がある。
仕方ない、適当に相槌を打つかと覚悟した時老人は唐突に言う。

「神戸の大空襲は知っているか?」

「へ?」

思わず間抜けな声が漏れた。
と、いうのも当時の私は神戸の歴史どころが歴史どころさえもろくに知らない馬鹿学生だったのだ。
正直に言うと高校に通えるかどうかもわからない程度の学力と言っても過言ではない。
いや、本当に。

「知らんのか」

「はあ、まあ…私馬鹿なんで」

えへへと笑う。

「1945年(昭和20年)3月17日に神戸大空襲があってな、神戸市の西半分が焼失したんだよ。戦争、知ってるだろ?」

「第二次世界大戦…でしたっけ?」

「そうだ。大東亜戦争とも言うね。アメリカ軍は知ってるか」

「アメリカの兵隊さんですか?」

「そうだ。そいつらがな、深夜に神戸のまちを爆撃したんだよ。B29って聞いたことあるだろう?」

「えーと…飛行機ですよね」

「そう、その飛行機がな約70機。銀色の機体がこの空の上を飛んでいたんだよ」

老人は空を指差す。
指の先には灰色の、だけど仄かに青い空が広がっている。
にわかには信じられない話だったが、その老人の言うことは真剣だったのを覚えている。
老人は訥々と話す。

「B29…飛行機は爆弾を落とした。それはもう酷かったよ。勿論、あたりは焼け野原さ。君が今座っているその場所もな」

「ここも…ですか」

「そう。5月11日と6月5日にも爆撃された。5月11日には東灘区本庄付近を爆撃、6月5日には神戸市内の東半分が焼失したんだ」

言葉を失った。
気が付けば私はその老人の話を食い入る様に聞き続けていた。

「8月15日に日本が敗戦したのは知ってるな?」

「中学校で習いました」

ぼんやりと授業を聞いていたがそれだけは覚えていた。

「何も残っとらんかったよ。いや…一つだけ」

老人は少し考えこむような仕草を見せ、私の座る古ぼけたベンチを指さした。

「お前さんの座るそのベンチだけは今でも残っとった」

「へ?」

またもや変な声が漏れた。
そんなばかな、という驚きとともに。

「いや、嘘じゃなくて本当に。木製の古ぼけたベンチだなと思っただろう?」

「ええ、そりゃまあ」

「空襲の後でも残ったんだよ」

「そうなんですか…」

「信じようと信じまいとそれはお前さんの勝手だがね」

老人はくしゃりと表情を崩す。
笑っているけど少し悲しげな、そんな複雑な表情。

「それだけじゃない。明治時代、神戸三ノ宮には機関車も走っとった」

「機関車って…蒸気機関車ですか?三ノ宮に?」

「今では想像もつかんだろう。だけど、わしは知ってる。機関車も走っとったし、禿山…じゃなかった、六甲山頂には山神様を祀る山神堂があった」

到底信じられない話だった。
よくできた虚構のお話としか思えなかったが、その老人は嘘偽りを言ってるようには思えない。
そうこうしている内にやがてキキーッとバスの停まる音が聞こえた。

「あ、もう行かなきゃ」

私は立ち上がった。
老人は少し寂しげな顔をし、最後に私の名前を尋ねた。
私は名前を名字だけ告げると、バスの方へと歩いて行く。

「この話を友達に聞かせてくれな」

「ええ、是非」

私はバスに乗り込むと、名前も知らぬその老人に手を振った。
老人は静かに微笑んでいた。

それから10年が過ぎて、私はその話をすっかり忘れていた。
唐突に今思い出し、慌ててパソコンを開いた次第である。

しかし不思議な事に、あの後木製の古ぼけたベンチを探してみたが、どこを探しても見つからないし、誰もその老人ことを知らないのである。

あれは一体誰だったのだろう。
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