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兵庫のふるさとかるた




【兵庫のふるさとかるた】

兵庫のふるさとかるた
群馬の上毛かるたのようなもので、兵庫の人物・建物・行事・自然などが分かりやすく紹介されている小学生向けかるたである。
県小学校教育研究会/甲南出版社(90/2001改訂)製作・発行していたが、現在ではもう殆ど現物が残っていない。

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さて。
兵庫のふるさとかるたの現物はもう殆ど残ってないとは記述したものの、実のところ現物は今此処にある。
何故未だに持っているのかと言うとこれもある種の書物とも言えなくはないからである。
今回はこの貴重なかるたで兵庫にまつわる話をざっくりとなぞっていこうではないか。

【あ:赤とんぼ 龍野の里の 三木露風】
三木露風(みきろふう)。
本名、『操』という。
兵庫県龍野市龍野町に生まれ、小学校時代に俳句を、中学校時代には多くの詩を作っている。
詩集『廃園』は北原白秋の『邪宗門』と並んで人気があり、白露時代と呼ばれる。
『赤とんぼ』の詩には山田耕作によって曲が付けられ、全国的に有名になった。

【い:異人館 港見下ろす 北野坂】
明治の中頃、神戸山の手の日当たりのよい高台に外国人住宅が沢山できたという。
なだらかな北野坂を上って行くと神戸港が見える。
ラインの館、風見鶏の館など、現在でもおよそ30棟ほどが現存している。
観光客も多く、異人館街として人気を集めている。

【う:うず潮を 越えるつり橋 大鳴門橋】
淡路島と四国との間、1.4kmの鳴門海峡では潮の干満により渦ができるという。
大きなもので20m。
昭和60年、この海峡に1629mの東洋一の吊り橋がかかったという。
(補足:このかるたが作られた当時、明石海峡大橋は無く、鳴門海峡が東洋一の吊り橋と呼ばれていた)

【え:遠景に 太平洋をのぞむ 水仙郷】
淡路島南海岸には黒岩・立川の2つの水仙郷がある。
そこは切り立った山の斜面になっており、冬でも暖かい太陽光をいっぱいに受ける。
その為、自生したスイセンが1月~2月にかけて咲き乱れて甘い香りを漂わせるという。

【お:おみこしだ けんかまつりだ 灘の華】
海の男達の勇ましい掛け声、腹に響く太鼓の音。
「ヨーイヤサー、ヨッソエ、アラヨッソエ!」
秋空の下、十万人を超える観客を興奮のるつぼに引き込み、華やかに繰り広げられる姫路の白浜町松原神社の『灘祭り』。
神輿をぶつかり合わせる荒々しい様子から『けんか祭り』と呼ばれた。

【か:加古川は 兵庫で一番 長い川】
加古川は播州平野の中央部を北から南に流れる川である。
長さ86.5km。
兵庫県では一番長い川だという。
ゆったりとした流れのため、昔は色々な物を運ぶ舟が通っていたという。
現在では農業用水・工業用水・生活用水として大切な役目を果たしている。

【き:清らかに 咲くのじぎくは 県の花】
ノジギク。
キク科の多年草で、茎の高さは50cm~80cm。
花は白色または淡黄色である。
清らかな風情の中にも逞しさを秘めた所が県民に好かれ、昭和29年に県花として選ばれたという。
姫路市大塩町にはのじぎくの里がある。
ちなみに県木はクスノキ、県鳥はコウノトリである。

【く:国生みの 神話を残す 淡路島】
古事記で有名な国産み神話。
淡路島はイザナミ・イザナギの2人の神が矛(ほこ)で海をかき回し、その矛先から落ちた雫で出来た日本最初の島と言われている。
今では花や玉ねぎ、瓦づくりなどが盛んで、海水浴などで観光に訪れる人も多い。

【け:決意ひめ 城あけわたす 赤穂の浪士】
元禄15年12月14日。
大石内蔵助以下47人の赤穂浪士が主君のかたきを討ち、その後切腹。
この話は歌舞伎やドラマなど、『忠臣蔵』として上演された。
赤穂市では毎年この日に『義士祭』が行われ、討ち入りの浪士の姿をした行列が多くの観光客の人気を集めている。

【こ:コンテナ船 世界へ開く 神戸港】
神戸港は世界にその名を知られている海の玄関口である。
コンテナ船や貨物船、外国の有名な客船も数多く入港して活気に溢れている。
神戸港に入ってくる船の数は年間およそ10万隻。
近くにはポートタワーや海洋博物館などがある。

【さ:さあ踊ろ 丹波篠山 デッカンショ】
「デカンショ、デカンショで半年くらすヨイヨイ」
広く全国に歌われているデカンショ節。
丹波篠山に伝わる民謡である。
毎年8月17・18日には、篠山城址を中心に賑やかなデカンショ祭りが開かれる。
地元だけでなく各地から多くの連も繰り込み踊り続ける。

【し:子午線は 淡路島から 出石(いずし)まで】
明石市は東経135度の日本標準時子午線上にある。
『子』は北を、『午』は南を指すことから、子午線と呼ばれた。
この子午線、南は淡路島の津名郡から明石市・三木市・西脇市・出石郡などを通って京都府から日本海に抜けるのである。

【す:杉原の 谷にふたたび 手すき和紙】
多可郡杉原谷ですき出される杉原紙は、コウゾを原料とした上質の和紙で古くから重宝がられていた。
ところが、明治以後は洋紙におされて作られなくなった。
昭和47年、杉原紙研究所が設立され、『昭和杉原紙』として昔の技法で生産されて復刻した。

【せ:青春の 汗かがやいて 甲子園】
大正13年、武庫川の工事で埋められた川の跡に作られた。
その年の干支、甲子(きのえね)にちなんで『甲子園球場』と名付けられた。
全国高校野球大会の会場として高校球児に親しまれ、毎年春と秋に大会が行われている。
また、阪神タイガースのホームグラウンドとしても知られているが、他府県の人々は甲子園は大阪府にあるものだと勘違いすることが多い。
甲子園球場は兵庫県西宮市である。

【そ:空高く 白かべ映える 姫路城】
国宝姫路城が砦として初めて築かれたのが今からおよそ650年前のことで、その後に豊臣秀吉が三層の天守閣を築いた。
これが白鷺の飛び立つ姿に似ていることから『白鷺城』と呼ばれている。

【た:楽しげに 清流のあゆ 千種(ちくさ)川】
千種川は、兵庫と鳥取の県境の三室山より瀬戸内海に注ぐ全長68kmの清流である。
アユは清流に住む魚なので、漁業組合の人たちや地域の人達が力を合わせて川を汚さないように務めているという。

【ち:近松の 浄瑠璃ひびく 尼崎】
尼崎の広済寺には、浄瑠璃『曽根崎心中』などの作者として知られる近松門左衛門の墓がある。
門左衛門の命日、11月22日には、毎年広済寺で近松祭が行われている。
昭和50年には門左衛門の250周年を記念し、近松記念館が作られ、ゆかりの遺品が展示されている。

【つ:連なった 山がずれてる 山崎断層】
神崎郡福崎町から宍粟郡山崎町を通り、佐用郡南光町まで大きな断層が続いているのを知る人は少ないだろう。
この断層、1000年に数メートルの割合で今でも横ずれ運動を起こしているという。
その為、この辺りでは微小地震が多く発生しているらしい。
飾磨郡夢前町や宍粟郡安富町付近では、横ずれした地層を見ることができる。

【て:手になじむ 筆をみやげに 有馬の湯】
有馬温泉は日本で一番古い温泉の1つで、海水の2倍の塩分やラジウム・炭酸が含まれている。
太閤秀吉の頃から『有馬千軒』とうたわれ、今でも賑わっている。
伝統産業として小さな人形がぴょこんと出てくる有馬の人形筆や、竹細工の有馬籠、炭酸せんべいなどがある。
ちなみに温泉まんじゅうはない。

【と:豊岡が ほこるかばんと こうのとり】
豊岡では国の特別天然記念物に指定されているコウノトリが絶滅しないように人工飼育で増やす努力を続けている。
また、いろいろな種類のかばんやふくろものを作っている。
その生産量は全国の約70%を占めていたので、『かばんの町豊岡』とも言われている。

【な:なぞひめる 浮き石奇石 石の宝殿】
高砂市にある『石の宝殿』は生石神社(おおしこじんじゃ)のご神体であり、日本三大奇石の1つでもある。
巨大な石が山の上の池の中に浮いたように見えることから、『浮き石』と呼ばれている。
しかし、誰がいつ何のために作ったのかは謎とされているのだ。

【に:人情を 語る淡路の 人形浄瑠璃】
淡路島の人形浄瑠璃は500年の伝統を持つ郷土芸能。
三味線の独特の節回しで語る浄瑠璃に合わせて人形を操るのだ。
海外での公演も行われ、この伝統を守り育てるために、地元の子供会や高校の同好会でも活発な活動を続けている。

【ぬ:ぬくもりと みどりの 北摂三田ニュータウン】
三田市は兵庫県の南東部にあり、長い歴史を持った緑豊かな町である。
『心のふれあう田園文化都市』として工業団地や学園都市など、人と自然を結びつけた町づくりがすすめられている。
神戸・大阪からも近く、ニュータウンの開発によって人口が増えているという。

【ね:ねがいましては 小野のそろばん 日本一】
小野市では豊臣秀吉の頃から品質の良いそろばん作りが始められた。
現在では伝統工芸品として指定され、その生産高は全国の約90%を占めているという。
海外にも輸出されている。
最近ではそろばん玉を使ったのれんやマガジンラックなどの工芸品として利用されている。

【の:登りがま 丹波立杭(たちくい) 陶(すえ)の郷(さと)】
多紀郡今田町立杭は丹波(立杭)焼きと呼ばれる焼き物の産地。
その歴史は古く、鎌倉時代にまで遡る。
最初は穴窯で焼いていたが、山の斜面を利用した登り窯が使われるようになったという。
ここで作られる焼き物は素朴で土のぬくもりを感じさせる。

【は:播磨の里 佐用(さよ)の朝霧 大撫山(おおなでさん)】
四方を山に囲まれた佐用の大撫山あたりでは霧が多発する。
秋の初めの朝、標高430mの大撫山に登ると、いつとはなく谷間から立ち上る霧が村々を覆い、やがであたり一面が霧の海となっていく様子がよく分かるという。
この霧はやがて日の出とともに夢のように消え去っていくのだとか。

【ひ:広い海 北前船の 高田屋嘉兵衛】
高谷嘉兵衛(たかやかへえ)は、江戸時代の終わりに淡路の津名郡五色町の漁師の家に生まれた。
神戸に出て樽廻船の船頭として働き、やがて北海道に進出。
道内一の商人として活躍した。
その後、択捉島にも渡り、島の開発に力を注ぎながら日本とロシアの間がうまくいくようにと外交にもつとめたという。

【ふ:ふり注ぐ 雨にあじさい 六甲山】
六甲山は標高932m。
その山系は武庫川の西岸から須磨まで続いている。
明治の頃、外国人の別荘地として開かれた。
牧場や植物園もあり、1年中自然に親しむ場所として市民に愛されている。
ここで育つアジサイは土が酸性なので鮮やかな青い色の花をつける。

【へ:平家しのぶ 青葉の笛は 須磨の浦】
須磨の浦は、一の谷とともに源平合戦の古戦場として知られている。
若くして討たれた平敦盛は笛の名手で、愛用していた『青葉の笛』は今でも須磨寺に残されている。
近くには水族園や海浜公園などがあり、夏には海水浴やウインドサーフィンを楽しむ人達で賑わう。

【ほ:冒険家 世界をかけた 植村直己】
植村直己は城崎郡日高町の出身である。
アマゾン川をいかだで下ったり、北極の氷の上を犬ぞりで走りぬいたりと数々の冒険に挑戦したという。
5大陸それぞれの最高峰に登った世界最初の人だが、冬のマッキンリー登頂に成功した後、下山途中で消息を絶ったという。

【ま:守ります みんなのくらし 兵庫県庁】
兵庫県には約530万人もの人が住んでいる。
県民には沢山の願いがあるが、その1つ1つを実現していくという仕事をする場所が県庁なのである。
学校を建てたり、公園や道路を作ったりするのも県庁の仕事なのだ。
兵庫県庁は神戸市にあり、県知事を中心としてたくさんの人が係を決めて働いている。

【み:「水分れ(みわかれ)」の 水は瀬戸内 日本海】
氷上郡氷上町石生(ひかみぐんひかみちょういそう)に『水分れ(みわかれ)』と呼ばれる中央分水界がある。
標高は最も低い所で94.45m。
これは日本一低い中央分水界だという。
ここに降った雨は、南へ向かう高谷川に入ると加古川を経て瀬戸内海に注ぎ、北へ向かう由良川に入ると日本海に流れて行くのだ。

【む:武庫(むこ)の川 豊かに注ぐ 茅渟(ちぬ)の海】
武庫川は古くから『あばれ川』と呼ばれ洪水を繰り返してきた。
しかし、長い年月の間に土砂が積もり平らな土地になり、今ではその辺りに住む人々に潤いを与えている。
北は宝塚市の中心を抜け、南は尼崎市内で大阪湾に注ぐ。
川岸には数多くの野鳥や昆虫や植物が見られる。

【め:名木は 妙見名草(みょうけんなぐさ)の 夫婦(みょうと)杉】
養父郡八鹿町(やぶぐんようかちょう)の名草神社には樹齢1500年、周囲約13m、高さ60mの大スギがある。
このスギの幹は2つに分かれているので夫婦杉と呼ばれ、国の天然記念物に指定されている。
このスギの種から育てられた『妙見杉』は但馬の高地で栽培され、赤身の多い質の良い材木になるという。

【も:元は海 ポートアイランド 夢の島】
人工の島ポートアイランドは神戸市が15年かけてつくりだしたもの。
高倉山の土を運び海を埋め立てたので『山、海へ行く』とも言われたという。
コンテナ船のための岸ぺきもあり、無人電車ポートライナーで三宮と結ばれている。

【や:柳田国男 民俗学の 道ひらく】
柳田國男は明治8年、神崎郡福崎町に生まれた。
早くから日本全国を歩き、農民の暮らし・子供の遊びや祭り・家のつくりなど、日本の風俗・習慣・言語などを調査研究した。
それらをたくさんの書物に残し、民俗学の仕事を学問として確立し、発展につとめた人である。

【ゆ:雪けむり 県境(けんきょう)尾根の 氷ノ山(ひょうのせん)】
氷ノ山は鳥取県との堺にある高さ1510mの兵庫県で一番高い山である。
この辺りは中国山地の東の端にあたり、高い山が並んでいるので兵庫の屋根と言われていた。
また、冬には雪が多く、鉢高原(ハチ高原)などスキー場としてもよく知られている。
イヌワシも見られ、ブナの原生林もあるという。

【よ:よい米と 水が育てた 灘の酒】
600年の伝統を持つ灘の酒は、灘五郷を中心に作られ、全国の生産量の約3分の1を占めている。
その原料となる米は県下で取れる『山田錦』、水は六甲山から湧き出てくる地下水で『宮水』と呼ばれている。
美しい白壁の酒蔵が並ぶ資料館には、酒造りの歴史や道具が展示されている。

【ら:楽園に うた声ひびく 宝塚】
宝塚の名は、近くに古墳があったことからつけられたという。
約100年前に温泉がひらかれ、宝塚少女歌劇が生まれた。
遊園地には動物園や植物園もあり、子供連れの家族から若い人まで連日たくさんの人が訪れる。
タカラジェンヌの歌声と共に、憩う人々の歓声があふれ、ファンは増え続けている。

【り:林間に 静まりおわす 五百羅漢】
加西市北条の石仏は、長い間雑草に埋もれていたが、大正15年に並べ直された。
つくられた年代や作者は未だ不明。
約400体余りの石仏は、何か言いたげに立っており、一体ずつの表情はそれぞれに違っており、よく観察していくと必ず自分の両親に似た顔があるということだ。

【る:るり色の 海に奇岩の 山陰海岸】
山陰海岸は、山が海のそばまでせまっているという。
冬の日本海は波が荒く、その荒波が長い年月の間に山肌を削り、色々な形の岩や洞窟を数多く作った。
夏の日本海は穏やかで、青く澄んだ海面が岩肌をくっきりと写し出す。
竹野浜の猫崎半島は、兵庫県の一番北にあるという。

【れ:歴史知る 化石の発見 アカシゾウ】
昭和35年、明石市西八木海岸で97個の化石が発見された。
それらを組み合わせてみると、背の高さ1.5mほどの小さなゾウだったという。
約200万年前にこの辺りに住んでいたもので、アカシゾウと名付けられた。

【ろ:六角の 石の柱の 玄武洞】
豊岡市北部の円山川沿いの山の麓には、幅約70mの大きな洞窟があるという。
六角形の柱の形をした石が美しい線を描き、天井は蜂の巣か亀の甲のように見える。
一番大きな玄武洞の他、青龍洞など4つの洞窟があり、天然記念物に指定されているという。

【わ:渡り鳥 羽をやすめる 昆陽(こや)の池】
伊丹市の昆陽池公園(こやいけこうえん)には、コブハクチョウを始め20数種類の野鳥が飛んできて、多い時には三千羽にもなる。
昔、行基というお坊さんがこの池や橋を作ったという。
園内には林や湿地が自然のままに残され、市民の憩いの場として親しまれている。
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