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HOME>100のお題その2

038:染み




【038:染み】


染みはじわじわと広がり始め、白い布地を濡らした。
男は咳き込み、その場に倒れる。
顔は穏やかで、その唇には微笑みさえ浮かんでいる。
やがて男の背中にチラチラと雪が降り積もり、染みは再び雪で隠されて白くなった。

【038:染み】

とかく今日は災難な日だ。
男はワイシャツを脱ぎ、洗濯してある綺麗なワイシャツに再び袖を通した。
食パンとコーヒーという簡素な朝食を食べていると、誤ってコーヒーカップを落としてしまい、ワイシャツにコーヒーの染みを作ってしまった。
溜息をつきながら、染みを作ってしまったワイシャツを洗濯機に放り込んだ。
朝食を食べ終え、男は仕事へと向かう。
今日の依頼はとある女を殺すこと。
サラリーマンとOLでごった返す、通勤ラッシュの電車に乗りながら、男はターゲットの女の様子を窺う。
電車を降りたら隙をみてさっさと依頼を終わらせよう。
殺し屋の男はそう思いながら欠伸をひとつぶちかますと、引き続き女の監視を続ける。
突然、電車が大きく揺れた。
慣性の法則でバランスを崩し、殺し屋の男はよろけた。
途端、ごめんなさい、という声と共に厚化粧の女は殺し屋の男に詫びた。
男のワイシャツの左腕部分には、くっきりと口紅の跡がついた。
殺し屋の男は溜息をついた。
とかく今日は災難な日だ、と。

幸いなことに、口紅の染みはすぐに取れた。
まだ少しだけ跡は残っているようだが、この際贅沢は言ってられない。
ターゲットの女は電車を降りた。
チャンスだ、今のうちに人気のないところへ連れて行って殺してしまおうと男は思ったが、ターゲットの女は駅の公衆トイレに入っていってしまった。
男が女子トイレに入ることは出来ない。
仕方ない、出てくるまでさり気なく待つか、と思って公衆トイレの附近の掲示物を眺めたりした。
丁度その横を、清掃員のおばさんが通りすぎる。
清掃員のおばさんは、手を滑らせて水の入ったバケツを引っくり返してしまう。
殺し屋の男のズボンの裾に、新たな染みが追加された。

正午を過ぎた。
完全に殺すタイミングを失った殺し屋の男は、ターゲットの女が会社から出てくるのを待った。
ターゲットの女の職場や生活リズム、行動はだいたいお見通しだ。
彼女はお昼になると行きつけのイタリアンチェーン店に行く。
自然な風を装って、ターゲットの女の後に店に入った。
殺し屋の男はペペロンチーノを注文した。
隣に座るターゲットの女はナポリタンを注文した。
やがて殺し屋の男にペペロンチーノが運ばれてくる。
空腹と苛立ちで半ばヤケになった男は、勢いよく麺をすする。
やや遅れてターゲットの女にナポリタンが運ばれてくる。
店員が手を滑らせた。
あっ…という店員の短い声と共に、皿は落下した。
男のワイシャツの左腕部分にナポリタンの染みが上書きされた。

今日はとことんついてない日だ。
男はもう諦めていた。
明日にしよう。
近くの店で新しいワイシャツを調達し、殺し屋の男はトイレで着替えた。
帰りの電車に乗り、自宅の近くで降りた。
激痛が走った。

痛いというより熱い。
男は何が起きたか一瞬で理解した。
ナイフで刺された。
殺し屋という職業はとかく人に恨まれやすい。
いつか自分も殺される側に回るだろうと、覚悟はしていた。
ふっ、と笑みが漏れる。
今日はとことん服に染みが出来る日だ。
意識が途切れゆく中、男はそんなしょうもないことを考えるのだった。

染みはじわじわと広がり始め、白い布地を赤く染めた。
男は咳き込み、その場に倒れる。
顔は穏やかで、その唇には微笑みさえ浮かんでいる。
やがて男の背中に広がっていた血液の赤色の上に、チラチラと雪が降り積もり、染みは再び雪で隠されて白くなった。

END.
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