明石焼きのルーツ
【明石焼きのルーツ】
Drift走り屋er 番外編
-明石たこ物語-
むかしむかし
明石の海の中に
なんと足の長さが
8mから12mもある
大ダコが住んどった。
その大ダコは民衆に悪さをし
皆を困らせとった。
それを見かねた武士が
大ダコを生け捕った。
大ダコは改心したので
武士は海へ返してやった。
その後、明石の海では
毎年おいしいタコが
とれるようになったという。
兵庫県明石市。
近畿地方の中部、兵庫県南部の明石海峡に面する都市に、そいつらはいた。
「( ゚Д゚)ウヒョー」
流 健二(ながれ けんじ)はおおよそ1オクターブ高めの声とテンションで空を仰いだ。
その横には相良 走一(さがら そういち)。
最後尾には高木 ヒロユキとその娘がいた。

明石、魚の棚(うおんたな)。
商店街には所狭しと海産物が並んでいる。
真鯛、真蛸、アナゴ、海苔、イカナゴの釘煮、タコ飯、そして…
海の匂いがほのかに流れてくる。
最初は興味の無さそうだった走一だったが、つや消しブラウン色の瞳からメタリックブラウンくらいにまで瞳を輝かせている。
そもそも、何故明石に来たのか。
事の発端は数時間前に遡る。
「どうだ、走一。美味いか?」
エプロン姿の健二が千枚通し片手に走一に尋ねる。
とある休日のこと。
高木の家で突発的にレースゲーム大会が開催されたのだが、昼食時になって突然走一が「うまいたこ焼きが食いたい」とのたまった。
よしきた任せろとばかりに健二は甲斐甲斐しく三角巾とエプロンを身につけ、プロ級の腕前でたこ焼きを焼いたところだ。
余談だが大阪・兵庫(の一部)の家庭ではたこ焼き器は一家に一台標準装備である。
高木親子はソースの付いた大阪式たこ焼きを美味い美味いとキャイキャイ言いながら消化していたが、走一は一口食べるなり箸を置いた。
「どうした、走一。不味かったか?」
健二は首をひねりながら自分の作ったたこ焼きを一口パクついた。
何処もおかしいところはない。
「…ちゃうねん」
珍しく関西弁で一言発した走一は、こうのたまった。
「明石のたこ焼きが食いたいねん…」
明石のたこ焼き。
大阪・兵庫県民にしか分からない微妙なニュアンスであるが、同じたこ焼きでも微妙に味は違う。
ピラフとチャーハン位違う。
同じたこ焼きでも、『明石の』というと、ピンと来る。
「走一君、明石焼きが食いたいのか?」
走一は黙って頷く。
「明石焼きのことかー!!」
『クリリンのことかーッ!』のような発音で、健二は頭を抱えた。
健二は大阪式たこ焼きの作り方はマスターしているが、明石式たこ焼きの作り方は知らなかった。
どう違うの?と聞かれると兵庫県民の大半はまずこう答える。
『卵の比率が多いたこ焼きのような食品をまな板状の木皿に並べて、澄まし汁状のダシに浸しながら食べるものだ』と。
いわば、ダシが命。
健二にはダシの作り方は分かるものの、やはり本場の味には程遠い。
どう頑張っても、あのダシの味は出せないのだ。
健二は挫折した。
「走一、すまん。俺にはあのダシの味は出せない…」
流 健二、お前は一体何処へ向かってるんだ。
「明石か…ここからだとすぐだな」
高木はしばらく思案に耽ると、ボソリと呟いた。
「走一君、健二君。折角の休日だし、明石に行ってみるかい?」
反応したのは走一だった。
続いて、高木の娘が「わぁい!」と満面の笑顔と共に、飛び上がる。
健二は少しだけ不服そうだったが、食器を片付けながら走一に言う。
「じゃあ、運転は走一がしてくれよな」
銀色のミラジーノが奇妙な道を駆け抜ける。
走一は無表情で車のハンドルを握っている。
高木と健二は顔面に『???』マークを浮かべながら、車外の景色を眺めている。
「走一君、一体君は何処へ行こうと言うんだい?」
「明石」
「明石向かう気が皆無な気がするんですけど!?」
「抜け道。こっちの方が近道」

なんと形容したらいいのか…
高速道路が頭上に見える。
すれ違う車両は一切無く、誰も知らないような道だった。
看板も目印もない。
ただ、だだっ広い道が緩やかなカーブを描きながら続いている。
警察や救急車を呼ぼうにも困りそうな…そんな車道だった。
というか走一は何でこんな道知ってんだ。
走一はお構いなしにアクセル踏んでかっ飛ばす。
大人しい外見とは裏腹に、車の運転はそこら辺のトラック野郎よりも男前である。
「なぁ、健二君」
高木はゴニョゴニョと健二に耳打ちした。
「走一君って時々人間じゃないような行動を起こす時あるよな?」
「長年付き合ってるが、走一の考えることは俺でも分からん…」
健二は言いながら肩をすくめた。
「( ゚Д゚)ウヒョー」
ここで冒頭のシーンに戻る。
コインパーキングに車を止め、魚の棚商店街へと来た一行は、キョロキョロと辺りを見回す。
流 健二(ながれ けんじ)はおおよそ1オクターブ高めの声とテンションで空を仰いだ。
見上げた先には魚の棚商店街のシンボルとも言える看板が垣間見える。
商店街には所狭しと海産物が並んでいる。
真鯛、真蛸、アナゴ、海苔、イカナゴの釘煮、タコ飯、そして…
海の匂いがほのかに流れてくる。
最初は興味の無さそうだった走一だったが、つや消しブラウン色の瞳からメタリックブラウンくらいにまで瞳を輝かせている。
つつつと歩いて走一はとある店へと入っていった。
「あ、おい走一!?」
「ここ、入ろう。中入ったこと無いけど、多分広くていい所だと思うぜ」
「そうだね、走一君の直感を信じよう」
高木父娘も頷くと、走一に続いて店へと入る。
残された健二も半ばヤケ気味で店内へと突入した。
走一の言う通り、店内は広かった。
走一はふらりと入るなり「明石焼き5人前」と注文した後、初めて来たはずなのに誰にも何も聞かずにトイレに入り、すぐに出てきた。
高木と健二は何故だか薄ら寒くなって顔を見合わせた。
「走一の直感ってマジで当たりすぎて怖いな…」
「あまり深く突っ込まないほうがいいんじゃないだろうか」
「だな」
やがて走一待望の明石焼きがダシと共に運ばれてきた。

「いただきまー…って走一もう食ってるし!!」
「(*´ω`*)」
走一は無言で左手に持った箸を伸ばすと、明石焼きをダシにつけてから頬張る。
何とも言えない至福そうな顔でモニョモニョと咀嚼する。
健二も右手に持った箸を伸ばして、明石焼きをダシにつけて食べる。
「美味っ!」
高木はそんな走一と健二の微笑ましい表情を見ながら言った。
「ところで、明石焼きのルーツって知ってる?」
健二はブンブンと顔を横にふる。
娘の詩織も「知らなーい」と声を上げる。
走一は真顔で延々と明石焼きを咀嚼し続ける。
走一はいまいち反応が薄い。
いまいち萌えない娘かお前は。
高木はよかろう、とばかりに話を始めた。
「大阪式のたこ焼きのルーツが、実は明石焼き(明石では『玉子焼き』と呼ぶ)であることは近頃ようやく知られてきたよね」
健二は無言で頷く。
「じゃあ明石焼きのルーツは何なのかってことだが」
「赤石玉(あかしだま)…」
唐突に走一が口を開いた。
健二の顔には『???』が浮かんでいる。
「走一君、確かに正解だがそれじゃ端的過ぎて健二くんが混乱してしまうよwww」
高木は苦笑しながら言う。
走一はしばらく思案した後、高木を差し置いて、珍しく長々と喋り始めた。
「橋本海関(はしもとかいかん)っていう幕末・維新の明石藩の儒者は知っているか?美術の世界ではそれなりに有名なんだが…」
「日本画家か何かか?」
「うん、まあそんな解釈でいい。彼の著書の1つに『明石名勝古事談(大正14年)』というものがある」
高木は目を丸くしている。
普段あまり喋らない走一がこんなに知識豊富だったとは。
橋本海関のくだりは高木も知らなかった。
その間にも、走一は分かりやすく言葉を選びながら、順序立てて話をしていく。
「その、『明石名勝古事談』という書物に、明石焼きのルーツにまつわる重要な一文が隠されている」
「美術と明石焼きがどうつながるんだ?」
健二は素直に疑問をぶつける。
「まあ、黙って聞きなよ」
高木は面白そうにニヨニヨ笑っている。
走一の解説は面白い。
高木は解説を走一に任せることにした。
「その『明石名勝古事談』にはこう書かれている」
言葉を区切ると、走一は明石焼きを咀嚼する。
もぎゅもぎゅ。
至福そうな表情をわずかに浮かべると、また話を始める。
「それは、天保年間(1830~1844の間)に、サンゴの模造品である『赤石玉(あかしだま)』が作られ、名物になったという」
「赤石玉って何だ?」
健二のもっともな疑問に、高木が補足する。
「模造珊瑚の一種だよ。女性のかんざしの飾り物として利用されていたんだ。当時、珊瑚はダイヤモンド並に貴重な宝石だった。だから、珊瑚に似た模造品が作られた」
「へぇ…」
「…それが、赤石玉。明石玉とも表記する」
走一はそこで店員を呼んで「もう1人前下さい」と注文した。
普段は少食な走一だが、今日は珍しくよく食べる。
「その赤石玉の作り方が、明石焼きの作り方に非常によく似ている。つまり…」
思案にふけった後、指差す。
「あれ」
丸い型。
毎度おなじみたこ焼き器である。
高木も補足する。
「べっ甲細工師の江戸屋岩吉が、『赤石玉』の製造に、鶏卵の白身を使用したんだよ」
「そう。赤石玉を作る材料は、つげの木に卵の白身。それらをたこ焼き器に似た丸い型で固めて着色したもの」
「そうして出来た赤石玉を、女性のかんざしの飾り物に使ったんだ。そこで、だ」
「当然、使うのは卵の白身だけ。黄身は余ってしまう」
「勿体ねぇ」
「余った黄身は祭礼の屋台などで再利用した」
「それが明石焼きの原型である玉子焼きだった。元神戸須磨水族館館長の井上喜平治の著書『蛸の国』では、明治末期に樽屋町の『向井某』が玉子焼きを売っていたという記述がある」
高木は走一の博識っぷりに舌を巻いた。
そこまでは知らない。
「…当初、その玉子焼きの具はコンニャクだったが、後に明石の名産であるタコへと変化していった」
もにゅもにゅ。
走一は黙々と明石焼きを頬張る。
実に幸せそうだ。
ゴクリと飲み込み、走一はまた話を続ける。
「しかし、たこ焼き特有の鍋が作られたのは明治の初め頃に現在の安福板金工作所の創始者が作成したというから、実は明石焼きが出来たのはもっと早かったのではないかと言われている」
「何気なく作っていたたこ焼きにそんな壮絶な歴史があったとは…」
健二は箸でつまんでいる明石焼きをまじまじと見つめた。
明石焼き特有の柔らかな生地がプルプルと震える。
走一はだし汁に七味を追加すると、また話を続ける。
「大正時代に入って『赤石玉』は廃れた。理由は分かるよな?」
「かんざしを利用するものが少なくなったんだね」
律儀に高木が答える。
「そう。それも理由のひとつ。同時に、セルロイドの普及で模造品が安く作られるようになったから」
どことなく寂しそうに走一は呟いた。
最後の明石焼きの最後のひとつを咀嚼すると、走一は一気にだし汁を啜った。
器を下ろし、パチリと箸を置く。
そこからの解説は高木の番だった。
「黄身を主とした玉子焼きには、だし汁を欠かせなかったと同じく、今でも明石焼きはこうしてだし汁で食べるのが普通だ。隣接する神戸では受け継がれたが、その文化は大阪へと移るにつれ…」
「ソースになったと?」
「そ。大阪では玉子は安価では手に入らなかった。ので、大阪式のたこ焼きではメリケン粉でタコを入れて、ウスターソースで食うのが定番化してしまった」
「明石焼きは卵の黄身とじん粉という粉を入れて焼くのは大半の人が知らない」
ボソッと走一が呟く。
「…べつにじん粉を入れる云々を知らないのは構わないが、ダシ汁をつけて食うのが命の明石焼きに、ソースを付けるなど邪道」
走一は真っ直ぐに健二の手元を見ている。
健二が凍り付いている。
健二の手にはソースの入った器が握られていた。
「大阪式の好みにケチ付ける気はないが…健二、後で2、3発殴られる覚悟は出来てるな?」
走一はニタァと笑うが、目はマジだった。
危険が危ない。
「すいませんでしたァ!!」
店内に健二の謝罪が響き渡ったのだった。
END.
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