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唐櫃越えの鬼神




【唐櫃越えの鬼神】


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灘の篠原あたりから北、水車新田を通り、六甲川を遡って六甲山地を横切り、山の北…麓の「唐櫃」に下る山越えの道があった。


灘の篠原あたりから北、水車新田を通り、六甲川を遡って六甲山地を横切り、山の北…麓の「唐櫃」に下る山越えの道がある。
古くから唐櫃村の女達は、京の大原女(おはらめ)のように薪炭を灘地方へ運び出していた。
一方、灘・御影の人々は海辺の品物や日用品を、このルートで北方の村々へ売りに行ったという。
多くの人々がこの山道を通っていたが、夜が更けるとこの道も鬼神や山犬が出るとどこからともなく囁かれ、人通りは途絶えるのだった…

しかし。
中には火急の用事で暗夜の山越えをしなければならぬ人もあった。
そんな時、人々は唐櫃村の四鬼家を訪ね、その家で火縄(銃)を授かって行けば、山道の鬼神も手出しができぬと信じられていた。
この四鬼家は、唐櫃越えの山道を開いた役行者(※山伏の元祖。物覚えがよく、呪術や子鬼を使役する)の弟子の子孫だと伝えられていたからである。

さて。
江戸時代も終わりに近いある年の11月のことであった。
御影の乾物商の番頭の仁兵衛という者が唐櫃を訪れた。
商売に手間取って帰りが遅れ、村を出ようとする頃には日が暮れ始めていた。
急ぐ用は無いのだが、若い仁兵衛は唐櫃の人々の忠告に従わず、肝試しだと言って夜の山越えをしようとした。
老人達の言葉にも耳を傾けず、

「四鬼さんの火縄より、この脇差(※予備の日本刀。小刀のこと)の方が頼りになる」

と勇んで暗い山道を登っていったのである。

その夜は凄まじい風が吹き荒れたが、一夜明けると風もおさまり、秋空は透き通ったように高く青々としていた。
唐櫃の村人達は、

「昨夜の仁兵衛さん、無事に帰ったのだろうか?」

と話しながら、芝を刈りに六甲の山に登っていった。

…とある岩陰で、彼らはぼろぼろに刃の欠けた脇差を握って倒れている仁兵衛を見つけた。
その死体の脇の岩には、いく筋もの刀傷がついていたという。
人々は鬼神の仕業だと囁きあった。
このことがあってから、人々は一層、夜の唐櫃越えをしなくなったという。
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