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HOME>100のお題その1

026:ネオンサイン

道頓堀でネオンサインを見つけた。
小さなそのネオンサインは特に目を引く訳でもなく。
だからこそ俺は、その店へと入った。
その店のマスターは昭和な感じの男前だった。

「何か辛い事でもあったんですか?」

と俺の話を黙って聞いてくれた。
俺は飲んだ事もないウオッカを煽り、夢中で話し続けた。
彼女に好きな男が出来て今日別れを告げられた事。
俺は彼女と結婚するつもりで婚約指輪を持ってきていた事。

「そうですか。 では私の過去を少しだけお話しましょうか」

話し終えた俺に、マスターはそっと呟いた。

「何だか私も、今日はそういう気分なので」

長くなりますよ、とマスターはサービスで甘いココアを出してくれた。

マスターの過去は、想像もつかないような壮絶な過去だった。
「大抵の事はやったんじゃないかな」

マスターは高校当時の自分を振り返ってそう呟いた。
現在ではバーのマスターとして真っ当に暮らしている彼だが、話を聞けばなるほどと頷ける不良だった。

「他校との喧嘩は日常茶飯事、バイクは盗む、カツアゲはする、飲酒・喫煙なんかはお手のもの。 勿論年がら年中、不純異性交遊強化月間だったしね」

マスターは父親を幼くして亡くしていた為に、母ひとり子ひとりの母子家庭だったという。

「うちの母親は甘くてね。 何をしても怒らなかった」

母親は幼い頃から寂しい思いをさせたという自責の念が強いらしく、彼が何をしても叱るという事がなかった。

「相手の親が怒鳴り込んできても、黙って俯いて聞いているだけでね。 相手が帰ると私の所に来て困ったような顔をするだけだった」

マスターは何かに焦れていたという。

「他の家の奴と比べて、あまりにも自分の家の環境が違いすぎてて理解できなかったんだと思う。 何でウチだけこんななんだよって、ね。 それが非行という形で表れてしまったんでしょうね」

ある時、盗んだバイクで転倒し、後ろに乗せていた女の子に怪我をさせてしまった。
女の子は入院する事になり、彼は家庭裁判所で『次は少年院送致だ』と宣告された。

「あの時が最悪だったね。 おふくろも身体を壊していて仕事を休んだりしていたし。 私は私で暴れている以外はシンナー吸ってたりしてたから」

それでも母親は、ジッと彼の顔を哀しげに見つめるだけだったという。

そんなある夜、布団で寝ていて寝返りをうつと、頭に衝撃が走った。
驚いて目を覚ますと、枕元にダンベルが転がっていた。
最初は、いつも部屋の隅においてあったのが転がってきていたのだと思っていた。

「そいつはね、中学の時に柔道をやろうと思っていた時期があって、それをおふくろに言ったら、体力づくりに買ってきてくれたものの片割れだった」

2つあったものがいつの間にか1つに減っていた。
今となってはもう必要なかったが、捨てるのも惜しいのでそのまま部屋の隅に転がしておいたものだった。
重さは10キロ。
車輪のような鉄輪がついたものだった。

ところがしばらくすると、また夜中に痛みで目を覚ます事になった。
ダンベルがまた顔の横まで転がってきていた。
今までそんな事はなかった。
それからは、寝る前にダンベルの位置を確認するようになったという。

「足元の隅っこ。 本棚の下に入れたんですよ」

どういう理由だったのかは知らない。
ふと、物音に気が付いて目が覚めた。
深夜、真っ暗で静まり返っていた。

「でもすぐに起き上がっちゃいけない…一種の警告みたいなのが走って。 身体も金縛りみたいにうまく動かなくてね」

仰向けに寝ている彼の頭上で、すすり泣きが聞こえた。
ゾッとしたが、寝たふりを続けた。
薄く目を開けると、白い影が丁度自分の顔の真上に見えた。
暗闇に目が慣れてくると、それが人間であることが分かった。
母親だった。
見た事もないような恐ろしい顔で彼を見つめていた。
そして、泣いていた。
母親は胸のあたりでダンベルを支えていた。
声を上げようとした瞬間。

ドスッ。

顔のすれすれにダンベルは落とされた。
母親は寝たふりを続ける彼を見下ろし。

「また出来なかった…」

とポツリと呟いて部屋を出て行った。

「それから暫くして、鳶の親方の下で修行させて欲しいって飛び込んだよ。 まあ、その後も色々あって今はバーのマスターをしている訳だけど…って寝ているね」

マスターはそっと毛布を取り出した。

マスターの過去が壮絶だったのはうっすらと覚えている。
俺が目を覚ますと、そこは路地裏の一角だった。
肩に毛布がかけられている。
どうやら、途中で酔い潰れてしまったらしい。
あのマスターにもう一度会いたくて探したが、道頓堀の小さなネオンサインはとうとう見つけることが出来なかった。

END.
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