走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
- 2013/01/13 走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
- 2013/01/02 走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
- 2013/01/01 走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
- 2012/12/30 走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
- 2012/12/28 走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
【走り屋群像劇場『走り屋3rd+』】
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』 ACT8:地獄(後編)
BGM:「p-type square」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1197275
路面が凍っていた。
ザワザワと風が吹雪いている。
逢魔ヶ刻。
既に夕日が沈み、間もなく夜の世界がやって来ようとしていた。
助手席のシンジはううぅ…と呻き声を上げながら、冷や汗をこぼし続けている。
走二にはどうすることも出来ない。
そもそも、呪いから庇ったって何なんだ?
科学が発達した現代、そんなものがまだ実在するのか?
霊感の薄い走二には分からなかった。
通常、二十歳までに心霊体験をしていないと霊感が付くことはないと言われている。
走二は二十歳まで心霊体験をしたことはなかった。
なので、今の今まで幽霊とか、呪いとかの類は一切信じていなかった。
だけど、異常に冷や汗を流しながらうなされるシンジを見ていると、非科学的な『何か』が起こったとしか思えなかった。
「シンジ、ごめんな。俺を庇ったんだな…」
静かに走二は呟く。
シンジの父親の言葉が頭をよぎる。
『シンジは普段は飄々としてるが、あいつああ見えても俺より倍以上霊感はある方でな』
シンジに霊感がある。
意外だった。
今までシンジはそんなそぶりを見せたことがなかった。
いや、例え霊感があって幽霊とかが見えていたとしてもシンジは何も言わなかっただろう。
シンジはそういう奴だった。
走二の車はやがて再度山の五辻周辺に突入する。
走二はわずかにスピードを上げた。
車の窓を締め切っているにもかかわらず、びょうびょうと風の音が響く。
風の音と共に、微かに何か『トーン…トーン…』というような音が聞こえてきた。
例えば、小さな太鼓を軽く叩いたような、そんな音。
【再度山 大竜寺伝説】
大龍寺とも表記する。
誰もいない境内から夜中に太鼓の音がする。
真冬の夜中に爺さんが半袖半ズボンに裸足で歩いてて、その爺さんに道を尋ねると爺さんが消える話なども有名。
大きな雲が空を覆っている。
走二は構わず車を走らせる。
走二は走り屋としてはまだ未熟だが、こと緊急事態の時には並外れた運転技術を発揮する。
オーディオからは不思議な曲が流れる。
BGM:「http://www.nicovideo.jp/watch/sm717766」
ゲームには多くの謎がある
謎解きに熱くなる
何でチートなんかするんだい
バカげて飽きるだけさ
森を抜けるのはスーパーシンプル
ただ道を曲がるだけでいい
永遠に永遠に
奇妙なことに、今の状況にピッタリと合致したような雰囲気だ。
大竜寺は車ですぐのはずなのに、何故か何十分も車で走ったかのような錯覚だった。
どっぷりと日は暮れ、大竜寺についた頃には空は真っ暗。
オリオン座が静かに輝いているだけだった。
走二はもどかしい気持ちで車を降りると、大竜寺の駐車場でシンジを引きずり降ろした。
その間にもシンジはただ唸るだけ。
トーン…トーン…
何処かから太鼓のような音が聞こえる。
目の前には大竜寺の赤門が聳え立つ。
走二はぶるりと身震いした。

シンジを落とさないように抱えて、赤門の右側をくぐる。
赤門をくぐった後、コンクリートで舗装された急斜面の右カーブが続く。
ゆっくりと、上ってゆく。
流石に、シンジを抱えていると息が切れる。
やがて少し開けた場所に出た。
銀色のベンチと、自販機が左手に見える。
そこから更に上へと登った。
右手に沢山の地蔵が見えた後、阿吽の像が両側に。
もっと奥には、左手に西国33観音…また地蔵が見える。
無我夢中で登った。
ゼェーゼェーと息を乱しながら、走二は大竜寺の門を叩いた。
そこで、力尽きた。
トーン…トーン…トトーン…
意識が飛ぶ前、近くでまたあの太鼓のような音が聞こえたような気がした。
目が覚めると、走二は寺にいた。
暖かな日差しの中、きちんと布団をかぶって。
辺りを見回すがシンジの姿はない。
「シンジ!?」
慌てて布団から這い出てシンジを探した。
すると、突然目の前に住職らしき人が立っていた。
「目が覚めたかね?」
「あの、えと俺…」
何から説明したら良いのか、走二がオロオロとしていると、住職は柔和に笑う。
何処か雰囲気がシンジに似ている。
「驚いたよ、いきなりシンジ君を背負ったまま倒れていたから」
「あの、俺…!」
「大体何があったのかは予想はつくが…何があったんだい?」
住職はそう言うと、座布団を敷いて正座した。
話すと長くなりそうだった。
走二は今まであった出来事を包み隠さず話した。
最初、住職は黙って聞いていたが、話が進むにつれ苦渋の表情を浮かべてゆく。
「そいつは…まずいことになったな…」
「俺、どうしたらいいんでしょうか?」
大竜寺の住職は黙って首を振った。
走二に向かって分かりやすく解説する。
「走二君とやら…君が読み終えようとしたこの詩は『トミノの地獄』という呪歌だよ」
「トミノの地獄?じゅか?」
「そう、呪いの歌と書いて呪歌。本来なら陰陽師や祈祷師が祈祷の場を清めるために唱える歌で、福を呼び込んだり、災いや魔物を避けるために唱える歌なんだが…」
大竜寺の住職はフッと影を落とす。
「この紙に書いてある『トミノの地獄』に関しては逆。声に出してこの詩を読むと『凶事』が起こるんだよ」
「そんな…」
「ありえないと思うだろう?でも、事実なんだ」
「じゃあシンジは助からないんですか!?」
「地獄に引き込む歌でもあるからねぇ…難しいが、やってみよう」
「どうやって」
「君も協力してくれるかい?」
「俺で良ければ」
「そうかい。シンジ君はよい友を持ったな…」
住職は微笑う。
ついて来なさい、と走二を呼び寄せた。
走二は黙って住職の後をついて行く。
本尊の前には、シンジが寝かせられていた。
相変わらず汗を流し、高熱を出し、うなされている。
住職はふと振り返ると走二に話しかけた。
「走二君、共振という現象は知っているかい?」
「共振ですか?えーっと…分かりません」
走二は科学には疎い。
照れくさそうに頭を掻く。
そんな走二に分かりやすく解説する。
「共振、共鳴とも言うね。ま、小難しく考える必要はないよ。呪歌を打ち消すのに呪歌をぶつけようって話さ」
「はい?」
大竜寺の住職は今さらっと重大な事を言った気がする。
「走二君、『トミノの地獄』以外で何か好きな詩はあるかい?」
「好きな…詩?」
「何でもいい。合図を出したら読み上げて欲しいんだ」
「そんなもん」
あるわけ無いでしょう、と言いかけてはたと口をつぐんだ。
心当たりはあった。
「あ…」
「心当たりはあるんだね?」
「マザーグース…」
「…いいだろう、準備をしよう」
住職はロウソクに火を灯す。
昼間の大竜寺にゆらゆらと蝋燭の火が揺れる。
住職は何かを唱える。
走二もそれに習う。
『総ての神話の始まりの地にして終焉の地』
『各地の神話が終りを迎え、終息せしめる末法において 各地の言の葉が収束され、新たなる神話出國』
『彼方より此処へ 此処より彼方へ』
『世は再び神代の國へと産まれ出でん』
『國産み 神威 神産み』
『努々忘るる言なかれ さすれば和することありなむ』
シンジが苦しそうにのたうち回っている。
住職は走二に「今!」と声を掛けた。
走二はマザーグースの中で比較的短いあの英詩を高らかに読み上げる。
昼間の寺に夜の英詩。
違和感があったが、その違和感さえ凌駕する何かが渦巻いている。
『I see the moon』
『And the moon sees me』
『God bless the moon』
『And God bless me.』
祈るように、呼びかけるように。
走二は歌って唄って謳って詩って詠って唱って謡った。
トーン…トーン…
また、あの太鼓の音が聞こえた。
苦しんでいたシンジは、やがてビクリと身体を震わすと、静かになった。
汗も引いている。
住職はシンジに駆け寄って様子を見る。
ホッとすると、大丈夫だと言った。
その後、シンジは丸2日寝込んだ。
目が覚めた時、シンジは後にこう語った。
「地獄みたいな熱くて赤い世界に連れて行かれた夢を見た。もうだめだと思った時、走二の声と、太鼓の音が聞こえた気がした」
と。
END.
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1197275
路面が凍っていた。
ザワザワと風が吹雪いている。
逢魔ヶ刻。
既に夕日が沈み、間もなく夜の世界がやって来ようとしていた。
助手席のシンジはううぅ…と呻き声を上げながら、冷や汗をこぼし続けている。
走二にはどうすることも出来ない。
そもそも、呪いから庇ったって何なんだ?
科学が発達した現代、そんなものがまだ実在するのか?
霊感の薄い走二には分からなかった。
通常、二十歳までに心霊体験をしていないと霊感が付くことはないと言われている。
走二は二十歳まで心霊体験をしたことはなかった。
なので、今の今まで幽霊とか、呪いとかの類は一切信じていなかった。
だけど、異常に冷や汗を流しながらうなされるシンジを見ていると、非科学的な『何か』が起こったとしか思えなかった。
「シンジ、ごめんな。俺を庇ったんだな…」
静かに走二は呟く。
シンジの父親の言葉が頭をよぎる。
『シンジは普段は飄々としてるが、あいつああ見えても俺より倍以上霊感はある方でな』
シンジに霊感がある。
意外だった。
今までシンジはそんなそぶりを見せたことがなかった。
いや、例え霊感があって幽霊とかが見えていたとしてもシンジは何も言わなかっただろう。
シンジはそういう奴だった。
走二の車はやがて再度山の五辻周辺に突入する。
走二はわずかにスピードを上げた。
車の窓を締め切っているにもかかわらず、びょうびょうと風の音が響く。
風の音と共に、微かに何か『トーン…トーン…』というような音が聞こえてきた。
例えば、小さな太鼓を軽く叩いたような、そんな音。
【再度山 大竜寺伝説】
大龍寺とも表記する。
誰もいない境内から夜中に太鼓の音がする。
真冬の夜中に爺さんが半袖半ズボンに裸足で歩いてて、その爺さんに道を尋ねると爺さんが消える話なども有名。
大きな雲が空を覆っている。
走二は構わず車を走らせる。
走二は走り屋としてはまだ未熟だが、こと緊急事態の時には並外れた運転技術を発揮する。
オーディオからは不思議な曲が流れる。
BGM:「http://www.nicovideo.jp/watch/sm717766」
ゲームには多くの謎がある
謎解きに熱くなる
何でチートなんかするんだい
バカげて飽きるだけさ
森を抜けるのはスーパーシンプル
ただ道を曲がるだけでいい
永遠に永遠に
奇妙なことに、今の状況にピッタリと合致したような雰囲気だ。
大竜寺は車ですぐのはずなのに、何故か何十分も車で走ったかのような錯覚だった。
どっぷりと日は暮れ、大竜寺についた頃には空は真っ暗。
オリオン座が静かに輝いているだけだった。
走二はもどかしい気持ちで車を降りると、大竜寺の駐車場でシンジを引きずり降ろした。
その間にもシンジはただ唸るだけ。
トーン…トーン…
何処かから太鼓のような音が聞こえる。
目の前には大竜寺の赤門が聳え立つ。
走二はぶるりと身震いした。

シンジを落とさないように抱えて、赤門の右側をくぐる。
赤門をくぐった後、コンクリートで舗装された急斜面の右カーブが続く。
ゆっくりと、上ってゆく。
流石に、シンジを抱えていると息が切れる。
やがて少し開けた場所に出た。
銀色のベンチと、自販機が左手に見える。
そこから更に上へと登った。
右手に沢山の地蔵が見えた後、阿吽の像が両側に。
もっと奥には、左手に西国33観音…また地蔵が見える。
無我夢中で登った。
ゼェーゼェーと息を乱しながら、走二は大竜寺の門を叩いた。
そこで、力尽きた。
トーン…トーン…トトーン…
意識が飛ぶ前、近くでまたあの太鼓のような音が聞こえたような気がした。
目が覚めると、走二は寺にいた。
暖かな日差しの中、きちんと布団をかぶって。
辺りを見回すがシンジの姿はない。
「シンジ!?」
慌てて布団から這い出てシンジを探した。
すると、突然目の前に住職らしき人が立っていた。
「目が覚めたかね?」
「あの、えと俺…」
何から説明したら良いのか、走二がオロオロとしていると、住職は柔和に笑う。
何処か雰囲気がシンジに似ている。
「驚いたよ、いきなりシンジ君を背負ったまま倒れていたから」
「あの、俺…!」
「大体何があったのかは予想はつくが…何があったんだい?」
住職はそう言うと、座布団を敷いて正座した。
話すと長くなりそうだった。
走二は今まであった出来事を包み隠さず話した。
最初、住職は黙って聞いていたが、話が進むにつれ苦渋の表情を浮かべてゆく。
「そいつは…まずいことになったな…」
「俺、どうしたらいいんでしょうか?」
大竜寺の住職は黙って首を振った。
走二に向かって分かりやすく解説する。
「走二君とやら…君が読み終えようとしたこの詩は『トミノの地獄』という呪歌だよ」
「トミノの地獄?じゅか?」
「そう、呪いの歌と書いて呪歌。本来なら陰陽師や祈祷師が祈祷の場を清めるために唱える歌で、福を呼び込んだり、災いや魔物を避けるために唱える歌なんだが…」
大竜寺の住職はフッと影を落とす。
「この紙に書いてある『トミノの地獄』に関しては逆。声に出してこの詩を読むと『凶事』が起こるんだよ」
「そんな…」
「ありえないと思うだろう?でも、事実なんだ」
「じゃあシンジは助からないんですか!?」
「地獄に引き込む歌でもあるからねぇ…難しいが、やってみよう」
「どうやって」
「君も協力してくれるかい?」
「俺で良ければ」
「そうかい。シンジ君はよい友を持ったな…」
住職は微笑う。
ついて来なさい、と走二を呼び寄せた。
走二は黙って住職の後をついて行く。
本尊の前には、シンジが寝かせられていた。
相変わらず汗を流し、高熱を出し、うなされている。
住職はふと振り返ると走二に話しかけた。
「走二君、共振という現象は知っているかい?」
「共振ですか?えーっと…分かりません」
走二は科学には疎い。
照れくさそうに頭を掻く。
そんな走二に分かりやすく解説する。
「共振、共鳴とも言うね。ま、小難しく考える必要はないよ。呪歌を打ち消すのに呪歌をぶつけようって話さ」
「はい?」
大竜寺の住職は今さらっと重大な事を言った気がする。
「走二君、『トミノの地獄』以外で何か好きな詩はあるかい?」
「好きな…詩?」
「何でもいい。合図を出したら読み上げて欲しいんだ」
「そんなもん」
あるわけ無いでしょう、と言いかけてはたと口をつぐんだ。
心当たりはあった。
「あ…」
「心当たりはあるんだね?」
「マザーグース…」
「…いいだろう、準備をしよう」
住職はロウソクに火を灯す。
昼間の大竜寺にゆらゆらと蝋燭の火が揺れる。
住職は何かを唱える。
走二もそれに習う。
『総ての神話の始まりの地にして終焉の地』
『各地の神話が終りを迎え、終息せしめる末法において 各地の言の葉が収束され、新たなる神話出國』
『彼方より此処へ 此処より彼方へ』
『世は再び神代の國へと産まれ出でん』
『國産み 神威 神産み』
『努々忘るる言なかれ さすれば和することありなむ』
シンジが苦しそうにのたうち回っている。
住職は走二に「今!」と声を掛けた。
走二はマザーグースの中で比較的短いあの英詩を高らかに読み上げる。
昼間の寺に夜の英詩。
違和感があったが、その違和感さえ凌駕する何かが渦巻いている。
『I see the moon』
『And the moon sees me』
『God bless the moon』
『And God bless me.』
祈るように、呼びかけるように。
走二は歌って唄って謳って詩って詠って唱って謡った。
トーン…トーン…
また、あの太鼓の音が聞こえた。
苦しんでいたシンジは、やがてビクリと身体を震わすと、静かになった。
汗も引いている。
住職はシンジに駆け寄って様子を見る。
ホッとすると、大丈夫だと言った。
その後、シンジは丸2日寝込んだ。
目が覚めた時、シンジは後にこう語った。
「地獄みたいな熱くて赤い世界に連れて行かれた夢を見た。もうだめだと思った時、走二の声と、太鼓の音が聞こえた気がした」
と。
END.
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
【走り屋群像劇場『走り屋3rd+』】
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』 ACT8:地獄(中編)
BGM:「Ievan Polkka(イエヴァン・ポルッカ)」/フィンランド民謡
【トミノの地獄】
この世には触れてはいけないものが存在する。
西条八十が作った「トミノの地獄」がそれに当たる。
この詩は地獄を旅するトミノという少年を歌ったもので、内容も不気味である。
しかし、この詩で一番怖いのは声に出して読むことだ。
心の中で読む黙読であれば何の問題もないが、
声に出してこの詩を読むと「凶事」が起こる。
【トミノの地獄】
姉は血を吐く、妹(いもと)は火吐く、
可愛いトミノは宝玉(たま)を吐く。
ひとり地獄に落ちゆくトミノ、
地獄くらやみ花も無き。
鞭(むち)で叩くはトミノの姉か、
鞭の朱総(しゅぶさ)が気にかかる。
叩けや叩きやれ叩かずとても、
無間(むげん)地獄はひとつみち。
暗い地獄へ案内(あない)をたのむ、
金の羊に、鶯に。
皮の嚢(ふくろ)にやいくらほど入れよ、
無間地獄の旅支度。
春が来て候(そろ)林に谿(たに)に、
暗い地獄谷七曲り。
籠にや鶯、車にや羊、
可愛いトミノの眼にや涙。
啼けよ、鶯、林の雨に
妹恋しと声かぎり。
啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、
狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、
可愛いトミノのひとり旅。
地獄ござらばもて来てたもれ、
針の御山(おやま)の留針(とめばり)を。
赤い留針だてにはささぬ、
可愛いトミノのめじるしに。
最後の一行を読み終えるか終えない内にシンジが顔色を変えた。
「走二、声に出して読むなっ!!」
「えっ」
瞬間、シンジは力尽きたようにその場に崩れ落ちた。
シーンと不自然なほど静まり返る寺の中。
目の前には巨大な大日如来像がいて、シンジと走二を見下ろしている。
大日如来の前には不動明王様が坐っている。
また、大日如来様の右には阿弥陀如来様、左に釈迦如来様、さらに十一面観音様。
悪寒がして、走二はぶるりと震えた。
シンジはぐったりと横たわっている。
「おい、シンジ?」
冗談で脅かしてるのかと思い、軽くゆすってみるが、目を開けない。
シンジの顔にはおびただしいほどの汗が滴っている。
揺さぶる度に汗が溢れ落ちる。
さっき言ったシンジの言葉が脳裏をよぎった。
『もし俺に何か異常が現れた場合は太龍寺に駆け込めよ。あそこに俺の師匠がいるから』
最悪の事態が起こってしまったのかも知れない。
走二はシンジを抱えると、そのまま外に飛び出した。
後片付けをしている坊主たちはびっくりした顔で走二を見ている。
シンジの父親が異変を察して慌てて駆け寄ってきた。
走二は声を張り上げた。
「シンジが!」
「走二君、一体何をしてこうなった!?」
「わかんないっすよ!なんかお祓いしなきゃとか言ってシンジが本を持ってきたんすよ。で、マザーグースの本の隙間からこんなのが落ちて読んでたんです…」
走二は赤い幾何学模様の和紙をシンジの父親に手渡した。
「これは…」
「読み終わるか終わらないかあたりでいきなり『声に出して読むな!』ってシンジが叫んで、それで…」
「倒れたのか」
走二は黙って頷く。
シンジの父親は黙って溜め息をつき、首を横に振った。
「シンジは」
「俺じゃ救えんよ」
「へ?」
「シンジは普段は飄々としてるが、あいつああ見えても俺より倍以上霊感はある方でな。シンジが倒れたということはこいつは…」
「そんな…どうすれば」
「あいつ、倒れる前に何か言ってなかったか?」
「太龍寺に駆け込めって…」
「そうか。じゃ、頼む」
「頼むって」
走二は呆気に取られていた。
シンジの父親は真っ直ぐ走二を見つめている。
「シンジは、君を呪いからかばったんだ」
「かばったって…意味分かんないっすよ!」
「とにかく、シンジを太龍寺に連れてってくれないか」
真っ直ぐ見つめる瞳。
走二は後ずさる。
「後生だ。太龍寺に行けばなんとかなるかもしれん」
「うぅ…!」
走二は拳を握り締める。
意を決して走二はシンジを引きずると、愛車のミラジーノのドアを開ける。
助手席にシンジを乗せると、走二は運転席に座った。
何かよく分からないけど大変なことが起きている。
ピリピリとした空気が走二を包む。
エンジンを掛けると振り返らずにアクセルを踏み込んだ。
BGM:「p-type square」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1197275
続く
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
【走り屋群像劇場『走り屋3rd+』】
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』 ACT8:地獄(前編)
緑以外何もなく、不安と疲れで、寂しくなった頃にその寺が見えてくるという。
そんな山奥の、とある寺には春日シンジという白髪の若坊主がいる。
元日の夕方、シンジは幾分か疲労した顔でドカッと座った。
除夜の鐘の準備や後片付けに追われ、ここ2日くらいまともに寝ていない。
「お疲れ様」
そんなシンジの寺に、相良 走二(さがら そうじ)が手伝いに来ていた。
熱々の緑茶とプリンを手渡す。
「うあー…助かる…」
しゃがれた声。
ずっと読経していたので声がかれるのも当然だった。
走二は苦笑いしながらシンジの横に座る。
「年末の深夜から早朝までノンストップで読経してたもんなあ…」
「毎年恒例だし仕方ねぇよ」
シンジは言いながら大判サイズのプリンをスプーンで掬い、頬張る。
仄かな甘さが疲れを癒す。
緑茶とプリン。
普通そこは緑茶と羊羹だろうと突っ込みたくなるが突っ込んではいけない。
寺生まれのシンジだが、彼は何故か和菓子ではなく洋菓子を好む。
理由は『和菓子は食い飽きた』だからだそうだ。
寺生まれのシンジでもクリスマスはケーキくらい食う。
住職だって洋菓子食いたいのだ。
そんなシンジは大晦日から元旦にかけて読経するのが毎年恒例となっている。
日の出が終わり、夕方に差し掛かった頃で一息ついたが、寺ではまだ他の坊主たちが慌ただしく後片付けをしている。
「ちょっとは仮眠したら?」
走二は心配そうにシンジの顔をのぞき込んだ。
目の下にくっきりとクマができている。
「いや、まだだ。まだ終わらんよ」
シンジはよろよろした足取りで部屋から何冊かの本を持ってくる。
「この時期になるとな、いわくつきの品が出てくるからそれを全部お祓いしなきゃなんねぇの」
いわくつきの品。
年末の大掃除で出てくるものがある。
本だったり、木箱だったり、人形だったり、お守りだったり。
一見、何の変哲もない品だが、妙な呪いがかかっていたりする品物が出てくるのだ。
代表的なもので『髪が伸びる人形』とか。
「だから、寝てる暇なんかねぇの」
シンジはドサッと大量の本を床に置いた。
走二が少し顔をしかめた。
埃っぽい臭いだけでなく、何となく居心地の悪い視線のようなものを感じたからだ。
走二は少しだけ後ずさった。
「そういや走二は霊感あるんだっけ?」
「いや、ないと思うけど…何かそれ、怖い」
「言うな。俺だって嫌だよ」
シンジは苦笑いしながら日本酒と塩を供える。
正座すると、振り返って走二に言う。
「なあ、走二。この本知ってる?」
ひらひらとその本を走二に見せた。
走二は恐る恐る近寄り、本を手に取る。
「浮世絵?」
「いや、立派な絵本だよ」
生々しい赤い絵面が一面に広がっていた。
シンジは絵本だと言うが、絵本にしては少々対象年齢が上じゃないのだろうか。
それに、大人にも刺激が強い。
「これが、絵本…?」
走二はあまりの禍々しさに露骨に顔をしかめる。
シンジは微笑みながら説明する。
「これは32年前に発売した『地獄』っていう絵本でな。元々は延命寺に所蔵されていた『地獄極楽絵巻』に、文章をつけたものなんだよ」
「へぇ…でもこれ子供とか泣くんじゃないのか?」
「下手すると大人でも泣くよ。だから毎年何冊かこの絵本が持ち込まれる」
「なんかやだなそれ」
「ま、これぐらいならお祓いすれば問題ねぇよ。中には本物も混じってるし」
「本物って何だよ」
「だから、俺でも祓い切れないようないわくつきの品」
走二が黙った。
シンジも黙った。
目の前には本の山。
もしかすることもあるかも知れない。
沈黙を破ったのはシンジ。
「なあ、走二」
「あーあーあー聞こえなーい」
走二は完全に怖がっている。
「聞けって。もし俺に何か異常が現れた場合は太龍寺に駆け込めよ。あそこに俺の師匠がいるから」
「異常ってなんだよ」
「全裸で踊りだしたりとか」
何だその異常。
走二は突っ込みたい衝動に駆られたが、ふとある本が目についた。
「あ、マザーグース」
走二は手を伸ばして本を開く。
【マザーグース】
英語文化圏の多くの国で作者不詳の童歌が数多く歌われており、子守唄、物語唄、早口言葉、数え唄、なぞなぞ、言葉遊びをはじめ、古い事件、政治家や王室、有名人への皮肉などが盛り込まれている。
およそ1,000を超える童歌がある。
マザーグースと言ってもピンと来ない者が多いが、マザーグースの中の詩『ロンドン橋落ちた(ロンドン橋が落っこちる)』は童謡として全国的に有名。
【ロンドン橋落ちた】
London Bridge is broken down,
ロンドン橋落ちた
Broken down, broken down,
落ちた 落ちた
London Bridge is broken down,
ロンドン橋落ちた
My fair lady.
綺麗な お姫様
Build it up with wood and clay,
粘土と木で作ろうよ
Wood and clay, wood and clay,
作ろうよ 作ろうよ
Build it up with wood and clay,
粘土と木で作ろうよ
My fair lady.
綺麗な お姫様
走二は英語で歌い始める。
澄んだ声が響く。
寺に英語の歌が響き渡る光景は何処か違和感があった。
「走二はマザーグース好きなのか?」
「好きって言うほどじゃないけど。家に全集があるよ」
「それ好きって言わね?」
「そうなのかな…」
マザーグースの不思議な世界観が好きだった。
走二は懐かしさからパラパラと本をめくる。
瞬間、パサッ…という音と共に紙の切れ端が足元に滑り落ちた。
よく言えば古風で雅な、悪く言えば古臭い紙。
赤い幾何学模様の和紙には何か文字のようなものが書かれていた。
「なんだこれ…?」
走二は拾い上げて読み始めた。
続く
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
【走り屋群像劇場『走り屋3rd+』】
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』 ACT7:幽霊局員(後編)
BGM:「BLUE(Da Ba Dee)」/Eiffel65
蓬莱峡に幽霊が出る。
都市伝説や怪談話に詳しい健二が話をした。
途端に、走一の霊感が強力な怪奇現象を引き寄せる。
偶然なんかじゃない。
良くも悪くも、いつも走一は強力な何かを惹きつける。
健二はかすれた声で呟く。
「幽霊局員…」
霊感のない健二にもはっきりとその姿は見えた。
夜の蓬莱峡はしんと静まり返っている。
浮かび上がる郵便車の赤。
炎に包まれた『誰か』。
走一と健二のサンタ服の赤。
赤と赤が共鳴したのだろうか。
不思議と怖いという感覚はなかった。
だが、何処か物悲しく儚い思いが溢れる。
沈黙が流れた。
走一は何かに取り憑かれたように健二の車へと引き返すと、さっきコンビニで買ってきていた水を持ってきた。
走一は常に飲み物か菓子を持ち歩く癖がある。
「熱かったろ?痛かったろ?」
開口一番、走一は郵便車の前に佇む『誰か』の目の前に水を置く。
健二は硬直したまま口をパクパクさせている。
呆気にとられているのだろう。
佇む『誰か』は何も言わない。
ただ、何かに納得したように力強く頷いた。
走一はそっと手を合わせて目を瞑る。
やがて走一は健二にジェスチャーでお前もやれ、と促す。
健二も続いて走一の真似をした。
「誰にも気付かれず、もどかしい思いをしながらずっとそこに居たんだな」
真っ直ぐブレない走一の言葉。
炎に包まれた『誰か』はゆらゆらと揺れた。
泣いているのだろうか。
『誰か』と走一の間でどんな意思疎通をしているのかは第三者には分からない。
分からないながらも、健二は何かを感じ取っていた。
『誰か』と走一の意思疎通は続く。
「失ったものは取り戻せないよ」
訥々と語る走一。
「そう、だけどあなたはまだここにいる。偶然にも俺はあなたに会ってしまった。焼失した手紙は元に戻せないけど、俺はあなたの未練を少なくする手伝いができるかもしれない」
走一はそう言うと、ポケットからいつも持ち歩いているメモ帳とボールペンを取り出した。
メモ帳を1枚静かに引きちぎると、『誰か』に手渡す。
「俺は郵便局員じゃない。だけど、走り屋だ。走り屋だって時には誰かに何かを届けるようなこともあるよ。今日の俺達は、1日だけの似非サンタクロースだ」
走一は、儚げな表情を浮かべると、優しく微笑む。
横で見ている健二も微笑う。
走一のこういうところは素直に尊敬するし、自分もこうありたいと思う。
瞬間、フッと赤色が消えた。
何事もなかったように、蓬莱峡にはまた暗闇が戻ってきた。
残されたのはお供えの水とメモ用紙とボールペンだった。
微弱な風に吹かれてボールペンがカラカラと転がり、メモ用紙もふわりと漂う。
走一は慌ててメモ用紙を先に拾う。
「なあ走一、俺は夢でも見ていたのか…?」
「彼の情熱を…郵便局員の情熱まで夢にしないでくれよ」
走一は続けてボールペンを拾う。
メモ用紙は2つに折りたたんで財布の中に入れた。
お供えの水はそのまま放置して、今度はしっかりした足取りで健二の車へと戻ってゆく。
健二の車のドアを開けてから言い放つ。
「なあ、おい走一」
「健二、ちょっと運転変われ」
「へ?」
走一はさっさと運転席に座ると、シートベルトを装着する。
健二は納得のいかない顔で助手席に座ると、同じくシートベルトをつける。
「久しぶりに限界突破の本気で走りたくなった。健二、5分だけ寄り道していいか?」
「それは構わないけど…一体何なんだ?」
「用事が終わって高木さんの家に行く前に教えてやるよ」
健二の車のオーディオにMDを突っ込む。
車内の空気がガラリと変わった。
健二は覚悟を決めた。
「何かよく分からんが…事故にだけは気をつけろよ」
「応!」
走一は力強く頷いた。
BGM:「The Kids Aren't Alright」/The Offspring
【和訳】
俺たちが子供の頃は未来はとても輝いていた
昔ながらの街並みだって生き生きしていたし
ストリートで遊んでいた子供達は 成功することができたし、殴られることもなかった
でも今じゃ街はひび割れ ボロボロに引き裂かれてしまった
子供達は大きくなると共に疲れ切ってしまった
どうしてこんな小さな街が たくさんの命をのみこんでしまうのだろう?
チャンスは捨てられ 自由など何もなく かつての姿を望んでいる
それでも辛い
見ているのが辛いんだ
はかない命、砕かれた夢よ
ジェイミーはチャンスを掴んでいたし、それをやり遂げた
でも彼女はそれをあきらめ、子供をもうけた
マークは今でも家にいるよ、仕事が無いからね
彼はただギターを弾いては大量のマリファナを吸うだけ
ジェイは自殺したよ
ブランドンはドラッグのやりすぎで死んだ
一体何が起こってるんだ?
残酷過ぎる夢、これが現実
チャンスは捨てられ 自由など何もなく かつての姿を望んでいる
それでも辛い
見ているのが辛いんだ
はかない命、砕かれた夢よ
ビリビリと空気が張り詰める。
体調は万全じゃない。
だけど全開走行の走一の運転はいつにも増してキレていた。
他人の車にも関わらず、その操作に熟知している。
絶対にぶつけないという自信の元で走一は車を走らせている。
蓬莱峡の終わり附近、最後のコーナーをノーブレーキで抜けたところで、健二はついに恐怖で失神した。
その日、蓬莱峡のタイムレコードはひっそりと書き換えられた。
だがそれは、誰も知らない、誰も計測していない非公式のタイムでもあった。
雪が降ってきた。
「…じ、健二」
走一は助手席で失神している健二を叩き起こした。
健二はうーん…と苦しげな呻き声を上げながら意識を取り戻す。
それほどまでに走一の運転は怖かったのだ。
「おい健二ったら」
「ごめんなさいもうしません…ヒィ!」
走一は苦笑いしながら呟いた。
「健二、あそこにミニスカ美人サンタがいる」
「えっどこどこ!?」
「…いねーよ馬鹿」
「夢か」
「とりあえずついたぞ」
走一はエンジンを止め、シートベルトを外して車を降りる。
健二はキョトンとしながら走一に続く。
「郵便…局?」
「Yeah」
そのありふれた小さな郵便局は西宮市の片田舎にある。
白い外観と、小さな郵便ポスト。
夜の郵便局は何処か寂しい印象を受けるのは気のせいだろうか。
「走一くん、ここで何を送ろうというのかね?」
健二は首をひねって走一に尋ねる。
走一はニッといたずらっ子のように笑うと、ポケットから小さな封筒と80円切手を取り出す。
いつも事務職をしている走一は常に筆記具一式と切手を何枚か持ち歩いている。
小さな封筒に80円切手を貼り付け、走一は先程財布にしまったメモ用紙に書かれた住所を書き写してゆく。
「幽霊局員の家族へ送るんだよ」
走一はそう言うと健二にメモ用紙を手渡した。
メモ用紙には走一の筆跡ではない何かが書かれていた。
手紙だった。
メモ用紙に書かれた手紙は4行だけだった。
住所と、日付と、幽霊局員の本当の名前と
『ありがとう、ごめん』
たったこれだけ。
健二はどういう表情をしていいか分からず、やはり首をひねる。
健二はメモ用紙を走一に返した。
走一はメモ用紙を大事に封筒に入れると、封をしてポストに突っ込んだ。
「さっぱり意味が分からん」
「だろうね。でも、これでいいんだ」
「はぁ?」
「幽霊局員は事故死してから、地縛霊としてずっとあそこに縛りつけられていたんだ。誰にも気付かれず、ずっと苦しんでいた」
「はあ…」
「健二、彼…幽霊局員はね、家族に手紙を出したかったんだ。最後の手紙。遺書といってもいい。だけど自分は地縛霊になってしまっているから自由がきかない。その場から動けないんだ。だから、俺に手紙を近くのポストに届けるように頼んだ」
焼失した手紙は元には戻せないけれど、新しく手紙を届けることはできる。
そのことを知ってて走一は幽霊局員にメモ用紙とボールペンを手渡したのだ。
「ま、俺個人的な用事さ。さて、次は高木さんの…」
走一の言葉が止まった。
空気の抜けたタイヤのように、ヘナヘナと力尽きた。
健二が慌てて走一を支える。
「おい走一!?」
「…すまん、ちょっと疲れた。あと運転よろしく」
ニヘラッと笑うと助手席へと戻っていった。
そりゃそうだろう。
ただでさえ気温が落ち込んで関節が痛んで調子が悪いのに、集中力全開で車を最速で運転させ続けたのだから。
健二はふぅ、とため息をつくと、運転席へ座ってシートベルトを締めるとエンジンを掛けた。
高木の家まであと少しだ。
車を走らせ、高木の家の近くの自販機で温かい紅茶を買うと、走一に手渡した。
「サンタクロースがそんな顔色悪かったら困るだろ。しゃんとしろ」
「…さんきゅ」
ちびちびと紅茶を飲みながら、幾分顔色の良くなった走一は、ぼんやりと雪の降る景色を見つめていた。
高木の家につくと、健二は車を停めてシートベルトを外して降りると、ケーキを1箱そっと抱える。
走一も続いて車を降りる。
2人のサンタクロースはドアを開けた。
「「こんばんわ、希望配達人です!」」
END.
蓬莱峡に幽霊が出る。
都市伝説や怪談話に詳しい健二が話をした。
途端に、走一の霊感が強力な怪奇現象を引き寄せる。
偶然なんかじゃない。
良くも悪くも、いつも走一は強力な何かを惹きつける。
健二はかすれた声で呟く。
「幽霊局員…」
霊感のない健二にもはっきりとその姿は見えた。
夜の蓬莱峡はしんと静まり返っている。
浮かび上がる郵便車の赤。
炎に包まれた『誰か』。
走一と健二のサンタ服の赤。
赤と赤が共鳴したのだろうか。
不思議と怖いという感覚はなかった。
だが、何処か物悲しく儚い思いが溢れる。
沈黙が流れた。
走一は何かに取り憑かれたように健二の車へと引き返すと、さっきコンビニで買ってきていた水を持ってきた。
走一は常に飲み物か菓子を持ち歩く癖がある。
「熱かったろ?痛かったろ?」
開口一番、走一は郵便車の前に佇む『誰か』の目の前に水を置く。
健二は硬直したまま口をパクパクさせている。
呆気にとられているのだろう。
佇む『誰か』は何も言わない。
ただ、何かに納得したように力強く頷いた。
走一はそっと手を合わせて目を瞑る。
やがて走一は健二にジェスチャーでお前もやれ、と促す。
健二も続いて走一の真似をした。
「誰にも気付かれず、もどかしい思いをしながらずっとそこに居たんだな」
真っ直ぐブレない走一の言葉。
炎に包まれた『誰か』はゆらゆらと揺れた。
泣いているのだろうか。
『誰か』と走一の間でどんな意思疎通をしているのかは第三者には分からない。
分からないながらも、健二は何かを感じ取っていた。
『誰か』と走一の意思疎通は続く。
「失ったものは取り戻せないよ」
訥々と語る走一。
「そう、だけどあなたはまだここにいる。偶然にも俺はあなたに会ってしまった。焼失した手紙は元に戻せないけど、俺はあなたの未練を少なくする手伝いができるかもしれない」
走一はそう言うと、ポケットからいつも持ち歩いているメモ帳とボールペンを取り出した。
メモ帳を1枚静かに引きちぎると、『誰か』に手渡す。
「俺は郵便局員じゃない。だけど、走り屋だ。走り屋だって時には誰かに何かを届けるようなこともあるよ。今日の俺達は、1日だけの似非サンタクロースだ」
走一は、儚げな表情を浮かべると、優しく微笑む。
横で見ている健二も微笑う。
走一のこういうところは素直に尊敬するし、自分もこうありたいと思う。
瞬間、フッと赤色が消えた。
何事もなかったように、蓬莱峡にはまた暗闇が戻ってきた。
残されたのはお供えの水とメモ用紙とボールペンだった。
微弱な風に吹かれてボールペンがカラカラと転がり、メモ用紙もふわりと漂う。
走一は慌ててメモ用紙を先に拾う。
「なあ走一、俺は夢でも見ていたのか…?」
「彼の情熱を…郵便局員の情熱まで夢にしないでくれよ」
走一は続けてボールペンを拾う。
メモ用紙は2つに折りたたんで財布の中に入れた。
お供えの水はそのまま放置して、今度はしっかりした足取りで健二の車へと戻ってゆく。
健二の車のドアを開けてから言い放つ。
「なあ、おい走一」
「健二、ちょっと運転変われ」
「へ?」
走一はさっさと運転席に座ると、シートベルトを装着する。
健二は納得のいかない顔で助手席に座ると、同じくシートベルトをつける。
「久しぶりに限界突破の本気で走りたくなった。健二、5分だけ寄り道していいか?」
「それは構わないけど…一体何なんだ?」
「用事が終わって高木さんの家に行く前に教えてやるよ」
健二の車のオーディオにMDを突っ込む。
車内の空気がガラリと変わった。
健二は覚悟を決めた。
「何かよく分からんが…事故にだけは気をつけろよ」
「応!」
走一は力強く頷いた。
BGM:「The Kids Aren't Alright」/The Offspring
【和訳】
俺たちが子供の頃は未来はとても輝いていた
昔ながらの街並みだって生き生きしていたし
ストリートで遊んでいた子供達は 成功することができたし、殴られることもなかった
でも今じゃ街はひび割れ ボロボロに引き裂かれてしまった
子供達は大きくなると共に疲れ切ってしまった
どうしてこんな小さな街が たくさんの命をのみこんでしまうのだろう?
チャンスは捨てられ 自由など何もなく かつての姿を望んでいる
それでも辛い
見ているのが辛いんだ
はかない命、砕かれた夢よ
ジェイミーはチャンスを掴んでいたし、それをやり遂げた
でも彼女はそれをあきらめ、子供をもうけた
マークは今でも家にいるよ、仕事が無いからね
彼はただギターを弾いては大量のマリファナを吸うだけ
ジェイは自殺したよ
ブランドンはドラッグのやりすぎで死んだ
一体何が起こってるんだ?
残酷過ぎる夢、これが現実
チャンスは捨てられ 自由など何もなく かつての姿を望んでいる
それでも辛い
見ているのが辛いんだ
はかない命、砕かれた夢よ
ビリビリと空気が張り詰める。
体調は万全じゃない。
だけど全開走行の走一の運転はいつにも増してキレていた。
他人の車にも関わらず、その操作に熟知している。
絶対にぶつけないという自信の元で走一は車を走らせている。
蓬莱峡の終わり附近、最後のコーナーをノーブレーキで抜けたところで、健二はついに恐怖で失神した。
その日、蓬莱峡のタイムレコードはひっそりと書き換えられた。
だがそれは、誰も知らない、誰も計測していない非公式のタイムでもあった。
雪が降ってきた。
「…じ、健二」
走一は助手席で失神している健二を叩き起こした。
健二はうーん…と苦しげな呻き声を上げながら意識を取り戻す。
それほどまでに走一の運転は怖かったのだ。
「おい健二ったら」
「ごめんなさいもうしません…ヒィ!」
走一は苦笑いしながら呟いた。
「健二、あそこにミニスカ美人サンタがいる」
「えっどこどこ!?」
「…いねーよ馬鹿」
「夢か」
「とりあえずついたぞ」
走一はエンジンを止め、シートベルトを外して車を降りる。
健二はキョトンとしながら走一に続く。
「郵便…局?」
「Yeah」
そのありふれた小さな郵便局は西宮市の片田舎にある。
白い外観と、小さな郵便ポスト。
夜の郵便局は何処か寂しい印象を受けるのは気のせいだろうか。
「走一くん、ここで何を送ろうというのかね?」
健二は首をひねって走一に尋ねる。
走一はニッといたずらっ子のように笑うと、ポケットから小さな封筒と80円切手を取り出す。
いつも事務職をしている走一は常に筆記具一式と切手を何枚か持ち歩いている。
小さな封筒に80円切手を貼り付け、走一は先程財布にしまったメモ用紙に書かれた住所を書き写してゆく。
「幽霊局員の家族へ送るんだよ」
走一はそう言うと健二にメモ用紙を手渡した。
メモ用紙には走一の筆跡ではない何かが書かれていた。
手紙だった。
メモ用紙に書かれた手紙は4行だけだった。
住所と、日付と、幽霊局員の本当の名前と
『ありがとう、ごめん』
たったこれだけ。
健二はどういう表情をしていいか分からず、やはり首をひねる。
健二はメモ用紙を走一に返した。
走一はメモ用紙を大事に封筒に入れると、封をしてポストに突っ込んだ。
「さっぱり意味が分からん」
「だろうね。でも、これでいいんだ」
「はぁ?」
「幽霊局員は事故死してから、地縛霊としてずっとあそこに縛りつけられていたんだ。誰にも気付かれず、ずっと苦しんでいた」
「はあ…」
「健二、彼…幽霊局員はね、家族に手紙を出したかったんだ。最後の手紙。遺書といってもいい。だけど自分は地縛霊になってしまっているから自由がきかない。その場から動けないんだ。だから、俺に手紙を近くのポストに届けるように頼んだ」
焼失した手紙は元には戻せないけれど、新しく手紙を届けることはできる。
そのことを知ってて走一は幽霊局員にメモ用紙とボールペンを手渡したのだ。
「ま、俺個人的な用事さ。さて、次は高木さんの…」
走一の言葉が止まった。
空気の抜けたタイヤのように、ヘナヘナと力尽きた。
健二が慌てて走一を支える。
「おい走一!?」
「…すまん、ちょっと疲れた。あと運転よろしく」
ニヘラッと笑うと助手席へと戻っていった。
そりゃそうだろう。
ただでさえ気温が落ち込んで関節が痛んで調子が悪いのに、集中力全開で車を最速で運転させ続けたのだから。
健二はふぅ、とため息をつくと、運転席へ座ってシートベルトを締めるとエンジンを掛けた。
高木の家まであと少しだ。
車を走らせ、高木の家の近くの自販機で温かい紅茶を買うと、走一に手渡した。
「サンタクロースがそんな顔色悪かったら困るだろ。しゃんとしろ」
「…さんきゅ」
ちびちびと紅茶を飲みながら、幾分顔色の良くなった走一は、ぼんやりと雪の降る景色を見つめていた。
高木の家につくと、健二は車を停めてシートベルトを外して降りると、ケーキを1箱そっと抱える。
走一も続いて車を降りる。
2人のサンタクロースはドアを開けた。
「「こんばんわ、希望配達人です!」」
END.
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』
【走り屋群像劇場『走り屋3rd+』】
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』 ACT7:幽霊局員(前編)
「そもそも何でクリスマスに男2人でケーキを運ばにゃならんのだ」
流 健二(ながれ けんじ)は愛車のミラのハンドルを握りながら、助手席の相良 走一(さがら そういち)に話しかける。
車は有馬温泉の大通りを通り過ぎ、蓬莱峡へと向かう。
2人は走り屋だった。
季節も時間も関係なく、こうして2人で峠や険しいカーブの続く山道をいかに速く運転するかだけに固執する人間、または集団。
レーサーではなく、暴走族でもない。
それが、走り屋なのだ。
「知るか。こっちが訊きたいわ」
相良 走一(さがら そういち)は赤と白の衣装に身を包んでいた。
季節は冬、時間は夜。
世間一般では『クリスマス』と呼ぶ。
2人は知り合いの子持ち警察官に頼まれ、即席サンタクロースになりきり、クリスマスプレゼントとしてケーキを輸送するという役目を請け負っていた。
知り合いの子持ちの警察官は高木といった。
警察官の高木は12月20日頃、いきなり2人に電話をかけて寄越してこう言った。
「もしもし、おれおれ。兵庫県警の高木だけど」
「そういう詐欺はもう飽和状態なのでお断りしますー」
走一は無味無臭な声で電話の相手に言い放つ。
既に声で本人かどうかは分かっているのだが、そこを敢えてとすっとぼけるのが関西人なのだ。
「まてこら待たんかい相良 走一君」
「やっだキモい。俺の名前も調べてるんですか。男が男を調べるなんてストーカー通り越してホモですよ、ホモ。ホモい」
「ホモちゃう。そしてホモホモ連呼すな」
「存じております。用事はそれだけですか?用がないなら切りますよ?」
「待ってったら!実は君たちにお願いがあるんだ」
「そんなお願いは願い下げだ」
「まだ何も言ってないよね!?」
電話越しの高木の声は切実だった。
走一はケタケタと笑うと、高木に言う。
「一体何なんです?お金は貸しませんよ」
「12月24日の夜は暇だよね、君」
「何で断定口調なんだコラ。臓物引きちぎるぞ」
「え、何?走一君、今年はついに彼女と過ごすいつかのメリークリスマスなのかい?」
「…違うけど」
走一は涙声だった。
彼女いない歴=年齢の彼には大打撃なのだ。
「ああ良かった。12月24日の夜は暇なんだね?」
「それが何か!?」
「実は言うとさ、サンタ服着てケーキを俺んちに運んで欲しいんだ」
数秒の沈黙が流れた。
「は?」
「いや、だからね。サンタ服着てケーキを俺んちに運んで欲しいんだ」
似非サンタクロースリターンズ。
以前にも相良走一は高木に頼まれて半ば強制的にサンタクロースの格好をさせられてサンタを演じてくれと頼まれたことがあった。
「…何でまた俺がそんな面倒くさいことしないといけないんですか」
「サンタ服とケーキは支給します。できれば流健二くんも誘って下さい」
「いや、あのね?」
「謝礼付き」
「行きます」
走一は即答するとすぐに健二に電話をかける。
健二は寝ぼけたような声で電話に出る。
「もしもし、もう食えません…」
「健二、お前寝てたのか?」
「むに…走一か。何だ?」
「お前さー、12月24日暇?」
「走一、俺には嫁さんがいるんだぞ?」
流 健二。
彼には嫁がいる。
流 涼子。
旧姓、斉藤 涼子。
殆ど健二の一目惚れだったのだが、車を通して仲良くなったのが彼女。
涼子の方も涼子の方で走り屋に憧れを持つようになり、走り屋として健二と運転技術を高めていく内に惚れていったとか。
走り屋には悲恋が多い中、両想いとして成立し、ゴールインした稀なカップルなのである。
「そうだった。お前には嫁さんがいたんですよね。ぐすっ」
「おい泣くなよ…」
「そもそもな、クリスマスにカップルでイチャイチャする、という習慣は日本人だけでな」
「走一、お前何が言いたいいんだよ…」
「アメリカでクリスマスって言うとファミリーで過ごすもんなんだよ。カップルとかチャチな単位じゃねぇ。ファミリー、要するに親戚友人一同皆家族が単位なんだよ。日本みたいな核家族社会じゃねぇんだよ」
「言いたいことはそれとなく分かるけど嫉妬するのはやめて下さい」
「この浮かれポンチめ!独身男に正拳突きを腹に連打されて臓物ぶちまけてしまえ」
「言いたいことはそれだけか独身男」
「うん」
健二は電話越しにでっかい溜息をついた。
あのな、と前置きしてから言葉を続けた。
「涼子ちゃんという嫁さんはいるが、実は涼子ちゃんは12月24日も25日も仕事なんだよ」
「なん…だと…!?」
「OLやってるからね。年末は忙しいんだそうだ。忘年会とか会社上の付き合いとかもあるしな」
「じゃ、じゃあ24日健二は?」
「暇。工事現場は早めに仕事納めだからな。本音を言うと涼子ちゃんとイチャイチャしたかった…」
電話の奥で健二が悶えている。
そんな健二はさっさと無視して話を進めることにする。
「とにかく、健二は24日の夜は暇なんだな?」
「ああ、それがどうしたんだよ」
「実のところさっき兵庫県警の高木さんから電話がかかってきてだな…サンタの」
「待って、もう大体見当ついた。『サンタの服着てケーキかプレゼントを運んで欲しい』だろ?」
長年高木と付き合いをしていると、お互いの思考や思惑が見えてくる。
兵庫県警の高木は最愛の妻を交通事故で亡くした後、ずっと男手ひとつで子供を育ててきているのだ。
高木は『家庭より仕事を優先して妻の死に目に立ち会わなかった最低な男』と自分を卑下するが、走一も健二もそうは思わない。
再婚せずにいるのは未だ妻を愛しているから。
いつも子供のことを考えてるのは妻に注げなかった分の愛を注いでいるから。
「…分かったよ、手伝うよ。また俺から高木さんに連絡つけとく」
健二は了承した。
健二は走一が自分を誘った理由もだいたい見当がついているし知っている。
相良走一は交通事故の後遺症が未だ残っている。
雨の日や雪の日、気温が落ち込んだ日はどうしても関節が痛む。
運転できなくはないが、やはりいつもより反応が鈍るのだ。
「本当か。ありがとうな」
「運転は俺に任せろー」
軽快な口調で言うと、健二は電話を切った。
そうして冒頭の話に戻る。
「しっかし豪快だな、高木さん…」
走一は後部座席を振り返る。
後部座席に固定されているケーキは2ホールあった。
その内の1ホールは謝礼である。
「謝礼が現物支給とか」
健二は苦笑いしながら緩やかにハンドルを切る。
蓬莱峡のヘアピンカーブを抜ける。
昼間の蓬莱峡は剣山のような険しい花崗岩が見える。
殺伐とした白い無数の剣山が非現実的で、思わず見とれてしまうほどだ。
しかし夜になると一転、外灯は殆ど無い険しく複雑な山道となる。
熟練した運転技術を持つ走り屋でも、少しの油断で車をクラッシュさせてしまう恐れがあるのだ。
慎重にコーナーを潜り抜けながら、健二はそういえば、と口を開いた。
「なあ走一、幽霊局員って知ってるか?」
それでは定型文、行ってみましょうか。
都市伝説。
それは、『友達の友達から聞いた』というくだりで始まる、根拠のない噂話である。
しかし、都市伝説は本当にただの噂話なのだろうか?
ひょっとしたら中には、真実の話も含まれているのかもしれない。
「幽霊局員?なにそれ?」
コンビニで買った温かい紅茶を啜りながら、走一は健二に尋ねる。
「俺も詳しくは知らないんだけどさ、この辺りで出るらしいぜ」
「出るってなんだよ。具体的に言え」
走一は露骨に顔をしかめた。
相良走一という人物は幽霊や怪奇現象といった類を一切信じてはいない。
現実主義者であるのだが、不思議な事に人一倍霊感が強い。
頑なに幽霊や怪奇現象を否定するという理由はただ1点。
怖いから。
「だからさ、幽霊。郵便局員の」
「出てたまるか」
走一は即答した。
健二はお構いなしに話を続ける。
【幽霊局員】
郵便局員の情熱とも呼ばれる。
ある郵便局員が山道で交通事故を起こして即死した。
郵便物を積んだ車は炎上し、半数の郵便物が燃えてしまった。
事故で死んだ郵便局員の彼は、郵便物を届けられなかったという強い念から、事故現場に夜な夜な現れるという。
郵便局のトレードマークである赤い車と、赤い炎を纏って。
「でな、その郵便局員の幽霊はいつしか幽霊局員と呼ばれるようになってな…」
健二は助手席の走一の様子をチラリと見る。
いつもならこういった都市伝説や怪談話に恐怖で渋い顔をするのだが、その日は違った。
珍しく健二の話を大人しく聞いているのだ。
「あれ、お前こういう都市伝説や怪談話嫌いだったんじゃなかったっけ?」
「内容にもよるよ」
「内容?」
「怖い話というより、切なく儚い話だろ、それ」
「確かになぁ…」
「形あるものはいつかは消えてなくなる。手紙然り、人間然り。諸行無常を感じるね」
相良走一は人一倍霊感が強い。
霊感が強いというのはある意味繊細な感性の持ち主でもあるということ。
心霊スポットなどに行くと走一は時々邪気にあてられて調子が悪くなることも多々あった。
低気温で痛む関節をさすりながら、走一は言い放つ。
「健二くん、噂をすればお出ましのようだよ」
「ファッ!?」
外灯のない蓬莱峡に赤い光がチラチラと浮かんでは消えてゆく。
健二は思わず車を停車させた。
走一は車を降り、迷わず光の方へと進んでゆく。
健二は慌てて後を追う。
2人の視線の先にあるのは見慣れた郵便局の車だった。
ただ、普通の郵便車ではなかった。
炎に包まれて焼けただれていた。
郵便車は炎に包まれ、光を発していた。
走一は誘い込まれるようにふらふらとした足取りで近付いてゆく。
そっと手を伸ばすが、その郵便車は実体がない。
実体がないはずなのだが、2人にははっきりとその現象が見える。
触ろうとしても触れない。
走一はドアに手を掛けるが、いきなりビクッと驚くと手を引っ込めた。
「熱っ!!」
走一の左手は火傷したように真っ赤になっていた。
「お、おい走一大丈夫か…?」
健二が後ろから声を掛ける。
走一は溜息をついた。
やがて焼け爛れた郵便車からゆらゆらと『何か』が出てきた。
いや、それは『何か』というより『誰か』に近かった。
炎に包まれて顔は見えない。
健二はかすれた声で呟いた。
「幽霊局員…」
BGM:「紅」/XJAPAN
後編に続く
走り屋群像劇場『走り屋3rd+』 ACT7:幽霊局員(前編)
「そもそも何でクリスマスに男2人でケーキを運ばにゃならんのだ」
流 健二(ながれ けんじ)は愛車のミラのハンドルを握りながら、助手席の相良 走一(さがら そういち)に話しかける。
車は有馬温泉の大通りを通り過ぎ、蓬莱峡へと向かう。
2人は走り屋だった。
季節も時間も関係なく、こうして2人で峠や険しいカーブの続く山道をいかに速く運転するかだけに固執する人間、または集団。
レーサーではなく、暴走族でもない。
それが、走り屋なのだ。
「知るか。こっちが訊きたいわ」
相良 走一(さがら そういち)は赤と白の衣装に身を包んでいた。
季節は冬、時間は夜。
世間一般では『クリスマス』と呼ぶ。
2人は知り合いの子持ち警察官に頼まれ、即席サンタクロースになりきり、クリスマスプレゼントとしてケーキを輸送するという役目を請け負っていた。
知り合いの子持ちの警察官は高木といった。
警察官の高木は12月20日頃、いきなり2人に電話をかけて寄越してこう言った。
「もしもし、おれおれ。兵庫県警の高木だけど」
「そういう詐欺はもう飽和状態なのでお断りしますー」
走一は無味無臭な声で電話の相手に言い放つ。
既に声で本人かどうかは分かっているのだが、そこを敢えてとすっとぼけるのが関西人なのだ。
「まてこら待たんかい相良 走一君」
「やっだキモい。俺の名前も調べてるんですか。男が男を調べるなんてストーカー通り越してホモですよ、ホモ。ホモい」
「ホモちゃう。そしてホモホモ連呼すな」
「存じております。用事はそれだけですか?用がないなら切りますよ?」
「待ってったら!実は君たちにお願いがあるんだ」
「そんなお願いは願い下げだ」
「まだ何も言ってないよね!?」
電話越しの高木の声は切実だった。
走一はケタケタと笑うと、高木に言う。
「一体何なんです?お金は貸しませんよ」
「12月24日の夜は暇だよね、君」
「何で断定口調なんだコラ。臓物引きちぎるぞ」
「え、何?走一君、今年はついに彼女と過ごすいつかのメリークリスマスなのかい?」
「…違うけど」
走一は涙声だった。
彼女いない歴=年齢の彼には大打撃なのだ。
「ああ良かった。12月24日の夜は暇なんだね?」
「それが何か!?」
「実は言うとさ、サンタ服着てケーキを俺んちに運んで欲しいんだ」
数秒の沈黙が流れた。
「は?」
「いや、だからね。サンタ服着てケーキを俺んちに運んで欲しいんだ」
似非サンタクロースリターンズ。
以前にも相良走一は高木に頼まれて半ば強制的にサンタクロースの格好をさせられてサンタを演じてくれと頼まれたことがあった。
「…何でまた俺がそんな面倒くさいことしないといけないんですか」
「サンタ服とケーキは支給します。できれば流健二くんも誘って下さい」
「いや、あのね?」
「謝礼付き」
「行きます」
走一は即答するとすぐに健二に電話をかける。
健二は寝ぼけたような声で電話に出る。
「もしもし、もう食えません…」
「健二、お前寝てたのか?」
「むに…走一か。何だ?」
「お前さー、12月24日暇?」
「走一、俺には嫁さんがいるんだぞ?」
流 健二。
彼には嫁がいる。
流 涼子。
旧姓、斉藤 涼子。
殆ど健二の一目惚れだったのだが、車を通して仲良くなったのが彼女。
涼子の方も涼子の方で走り屋に憧れを持つようになり、走り屋として健二と運転技術を高めていく内に惚れていったとか。
走り屋には悲恋が多い中、両想いとして成立し、ゴールインした稀なカップルなのである。
「そうだった。お前には嫁さんがいたんですよね。ぐすっ」
「おい泣くなよ…」
「そもそもな、クリスマスにカップルでイチャイチャする、という習慣は日本人だけでな」
「走一、お前何が言いたいいんだよ…」
「アメリカでクリスマスって言うとファミリーで過ごすもんなんだよ。カップルとかチャチな単位じゃねぇ。ファミリー、要するに親戚友人一同皆家族が単位なんだよ。日本みたいな核家族社会じゃねぇんだよ」
「言いたいことはそれとなく分かるけど嫉妬するのはやめて下さい」
「この浮かれポンチめ!独身男に正拳突きを腹に連打されて臓物ぶちまけてしまえ」
「言いたいことはそれだけか独身男」
「うん」
健二は電話越しにでっかい溜息をついた。
あのな、と前置きしてから言葉を続けた。
「涼子ちゃんという嫁さんはいるが、実は涼子ちゃんは12月24日も25日も仕事なんだよ」
「なん…だと…!?」
「OLやってるからね。年末は忙しいんだそうだ。忘年会とか会社上の付き合いとかもあるしな」
「じゃ、じゃあ24日健二は?」
「暇。工事現場は早めに仕事納めだからな。本音を言うと涼子ちゃんとイチャイチャしたかった…」
電話の奥で健二が悶えている。
そんな健二はさっさと無視して話を進めることにする。
「とにかく、健二は24日の夜は暇なんだな?」
「ああ、それがどうしたんだよ」
「実のところさっき兵庫県警の高木さんから電話がかかってきてだな…サンタの」
「待って、もう大体見当ついた。『サンタの服着てケーキかプレゼントを運んで欲しい』だろ?」
長年高木と付き合いをしていると、お互いの思考や思惑が見えてくる。
兵庫県警の高木は最愛の妻を交通事故で亡くした後、ずっと男手ひとつで子供を育ててきているのだ。
高木は『家庭より仕事を優先して妻の死に目に立ち会わなかった最低な男』と自分を卑下するが、走一も健二もそうは思わない。
再婚せずにいるのは未だ妻を愛しているから。
いつも子供のことを考えてるのは妻に注げなかった分の愛を注いでいるから。
「…分かったよ、手伝うよ。また俺から高木さんに連絡つけとく」
健二は了承した。
健二は走一が自分を誘った理由もだいたい見当がついているし知っている。
相良走一は交通事故の後遺症が未だ残っている。
雨の日や雪の日、気温が落ち込んだ日はどうしても関節が痛む。
運転できなくはないが、やはりいつもより反応が鈍るのだ。
「本当か。ありがとうな」
「運転は俺に任せろー」
軽快な口調で言うと、健二は電話を切った。
そうして冒頭の話に戻る。
「しっかし豪快だな、高木さん…」
走一は後部座席を振り返る。
後部座席に固定されているケーキは2ホールあった。
その内の1ホールは謝礼である。
「謝礼が現物支給とか」
健二は苦笑いしながら緩やかにハンドルを切る。
蓬莱峡のヘアピンカーブを抜ける。
昼間の蓬莱峡は剣山のような険しい花崗岩が見える。
殺伐とした白い無数の剣山が非現実的で、思わず見とれてしまうほどだ。
しかし夜になると一転、外灯は殆ど無い険しく複雑な山道となる。
熟練した運転技術を持つ走り屋でも、少しの油断で車をクラッシュさせてしまう恐れがあるのだ。
慎重にコーナーを潜り抜けながら、健二はそういえば、と口を開いた。
「なあ走一、幽霊局員って知ってるか?」
それでは定型文、行ってみましょうか。
都市伝説。
それは、『友達の友達から聞いた』というくだりで始まる、根拠のない噂話である。
しかし、都市伝説は本当にただの噂話なのだろうか?
ひょっとしたら中には、真実の話も含まれているのかもしれない。
「幽霊局員?なにそれ?」
コンビニで買った温かい紅茶を啜りながら、走一は健二に尋ねる。
「俺も詳しくは知らないんだけどさ、この辺りで出るらしいぜ」
「出るってなんだよ。具体的に言え」
走一は露骨に顔をしかめた。
相良走一という人物は幽霊や怪奇現象といった類を一切信じてはいない。
現実主義者であるのだが、不思議な事に人一倍霊感が強い。
頑なに幽霊や怪奇現象を否定するという理由はただ1点。
怖いから。
「だからさ、幽霊。郵便局員の」
「出てたまるか」
走一は即答した。
健二はお構いなしに話を続ける。
【幽霊局員】
郵便局員の情熱とも呼ばれる。
ある郵便局員が山道で交通事故を起こして即死した。
郵便物を積んだ車は炎上し、半数の郵便物が燃えてしまった。
事故で死んだ郵便局員の彼は、郵便物を届けられなかったという強い念から、事故現場に夜な夜な現れるという。
郵便局のトレードマークである赤い車と、赤い炎を纏って。
「でな、その郵便局員の幽霊はいつしか幽霊局員と呼ばれるようになってな…」
健二は助手席の走一の様子をチラリと見る。
いつもならこういった都市伝説や怪談話に恐怖で渋い顔をするのだが、その日は違った。
珍しく健二の話を大人しく聞いているのだ。
「あれ、お前こういう都市伝説や怪談話嫌いだったんじゃなかったっけ?」
「内容にもよるよ」
「内容?」
「怖い話というより、切なく儚い話だろ、それ」
「確かになぁ…」
「形あるものはいつかは消えてなくなる。手紙然り、人間然り。諸行無常を感じるね」
相良走一は人一倍霊感が強い。
霊感が強いというのはある意味繊細な感性の持ち主でもあるということ。
心霊スポットなどに行くと走一は時々邪気にあてられて調子が悪くなることも多々あった。
低気温で痛む関節をさすりながら、走一は言い放つ。
「健二くん、噂をすればお出ましのようだよ」
「ファッ!?」
外灯のない蓬莱峡に赤い光がチラチラと浮かんでは消えてゆく。
健二は思わず車を停車させた。
走一は車を降り、迷わず光の方へと進んでゆく。
健二は慌てて後を追う。
2人の視線の先にあるのは見慣れた郵便局の車だった。
ただ、普通の郵便車ではなかった。
炎に包まれて焼けただれていた。
郵便車は炎に包まれ、光を発していた。
走一は誘い込まれるようにふらふらとした足取りで近付いてゆく。
そっと手を伸ばすが、その郵便車は実体がない。
実体がないはずなのだが、2人にははっきりとその現象が見える。
触ろうとしても触れない。
走一はドアに手を掛けるが、いきなりビクッと驚くと手を引っ込めた。
「熱っ!!」
走一の左手は火傷したように真っ赤になっていた。
「お、おい走一大丈夫か…?」
健二が後ろから声を掛ける。
走一は溜息をついた。
やがて焼け爛れた郵便車からゆらゆらと『何か』が出てきた。
いや、それは『何か』というより『誰か』に近かった。
炎に包まれて顔は見えない。
健二はかすれた声で呟いた。
「幽霊局員…」
BGM:「紅」/XJAPAN
後編に続く